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堀井On-Line
by horii86
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■4802,年金破綻報道の罠 ー③
<世界で一番わかりやすい、年金「安心」理論> ー細野真紘(2014年の論点100)
* 年金は安心!を、まとめると
年金は、あくまでも老後生活の補助金。あまり知られてないが、現役世代が圧倒的に多かった数十年間で、積立金が
120兆円もあり、それを取り崩していけばよい。 現在の年金の支払いは、現役世代の年金収入以外にも、税金からも
支払われている。巷で言われている、1970年の20〜65歳年齢対65歳年齢が8・5人対1で、2050年に1・2人対1としても、
今まで計画的に積み立てられてきた年金基金と、税金を加えればよいことになる。 楽観的だが、一理はある。
正社員の比率が減る中で、厚生年金に加入できる人が減っていることが大問題。今後、高度成長も望めず、国家の
体力が弱っていく中で、楽観視は出来ない。しかし、この年金制度が無かったとしたら、10年、20年先の若者は、大変。
最悪の想定で、両親2人と、その両親の親4人、合計6人の面倒を見るケースも、ありえる。 多くの紆余屈折を経て、
それなりのカタチになっていくが、悲観だけをしても何も得ることは出来ない。ここで取り上げてきた基本的知識を、
国民は、あまり知られていないようで、より丁寧な教えが必要のようだ。40年以上の厚生年金を夫婦してかけてきて、
手取り25万では、何か釈然としないが、それでも大きは生活の柱になっている。逆に、夫婦二人で、国民年金だけの
収入で手取り11〜2万では、生活保護にも満たない。 核家族化の中で、子供からの援助も当にできず、ハイパー
インフレにでもなれば、アメリカの貧困層のように救済センターに食事のための行列も現実になりかねない。
私も、半年前までは、倒産など、思いもよらなかった。家内も、私の実家も、堅実な家柄だったので、厚生年金や、
万一の備えをしていたので、何とか生活の質を落とさないでいるが、一つ間違えれば、大変の事態になるところ。
生きていく上で、お金は健康とともに大切である。それから自由になるには、長年の時間をかけての準備と、
蓄積が必要。 老いれば尚の事、たかが年金、されど年金。たかがお金、されどお金である。それ以前の知識も・・
で、120兆の年金基金も、日本国債とアメリカ国債に化けているとしたら、どうなる? 国家あってこその個人である。
・・・・・・
4435, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか −5
2013年05月08日(水)
* ルート4:主観的時間は幻想だと理解する道 ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著
ーまずは、この概要を主観的にまとめてみる。ー
≪ 客観的な「今」と主観的な「今」の違いからみると、客観的時間は、時間が一定速度で進むという前提に基づいている。
時間を秒、分、時間、日、月、年、ディケード(10年)、世紀といった絶対尺度で捉えるから、そのような結論になる。
客観時間は、一定速度で進む。それは、人がそのように定義したからに過ぎない。しかし、主観時間は、そのように
捉えるべきものではない。 主観的時間を考えるに、「今」を考えてみよう。「今」は、客観的には時間軸のある一点である。
客観的な今は時間の幅を持たない。どんなに短くても、時間が幅を持っていたら、それは今でなく、過去と未来になってしまう。
今とは、それが千分の一秒前と、千分の一秒後の間が、今になってしまう。 千分の一などどうでもよいと思いがちだが、
数学や物理の世界ではそれを認めない。ということは客観的今とは時間幅を持たない。 では、主観的な今とは何か。
「クオリアとして知情意を感じている、この今とは何か?」と問う以上、主観的な今は時間の幅を持っていると考えるべきだ。
ここに、時間的幅を持たない客観的な今と、時間幅を持つ主観的今。両者の定義は異なる・・・
私たちの心は、「今」しか考えられない。過去を思い出したり、未来を想像できるが、それらを行うのも「今」だ。
私たち人間には、過去も未来もない。実は現在もない。 過去のことを思い出せるが、エピソード記憶に残っていることを
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05月08日(木)
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