ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4797,閑話小題 ー倒産よもやま話 〜⑤
* 苦悩の時間的推移
この節目の一連の精神的苦痛の実感は
「 ①痛いー>
②痛・哀しいー>
③痛・気持ち良い(痛みに慣れる)ー>
④痛・面白い(立場を客観視できる)」へと変化している。 もちろん七転八倒をした上のことだが・・
私のすぐ上の姉の連れが20年前に亡くなった時に、葬儀の席で、一まわり以上年上の従姉妹が、姉に
『私の経験からみて、三年で哀しみは消えるよ!』と慰めていた。 時間が解決する『時間薬』である。
青年期からの節目(挫折)の苦痛の経過を振返ると、大よそ上記の経過をたどったが、大たい次の障害への取組で、
それらが消えていった。前向きに生きることが、如何に重要かである。 そして、最後に、その痛いが無くなり、
「ああ、面白かった」だけが残るなら、ハッピーリタイアよりは良い? 肯定的に捉えれば、それを境に全く違った
新世界が開けることになる。その世界からみると、節目前の自分が、何とも滑稽に思えるもの。新しい自分の再生が、
何とも奇妙な感覚である。「泣いても笑っても同じ空」で、笑ってきたが、泣きが不足していたのだろう、私には。
母親から聞いた話が耳に残っている。『小姑の虐めに、耐えられず実家に帰ったところ、母に〈シッカリしなさい!
一番辛い時が人生で一番、良い時なのよ〉と、励まされた』と。見方によれば、この3年間が、私の人生で一番良い時?
といえば、思い当たるフシもある。いや、サホド辛くもなかった?どうだろう? 少なくとも、人生で一番、内省できた
ことと、解放感があったことは事実。 本当に精神的苦痛なんど、あったのだろうか? それからも、解放された?
成るほど、人間は少しハンデを負って、《痛》が、頭に残っていた方が良いのかもしれない。どの道、10年後には、
8.9分は存在していないのだから。苦悩も、解放も、知的欲求も、感動も、感謝も、至高体験も、生きている今のうち。
・・・・・・
4430,「死ぬのが怖い」とはどういうことか −2
2013年05月03日(金)
* ルート1 心が幻想だと理解する道(脳科学の道) ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー前野 隆司著
信長が、幸若舞の演目のひとつの「敦盛」を好んで舞っていたが、そこには、
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・」という詞章があり、織田信長がこの節を特に好んで
演じたと伝えられている。人生振り返れば全てが夢幻。 その辺りを以下のように述べている。
≪ 古くは進化論で有名なダーウィンが、感情は基本的に「幸福」「驚き」「恐怖」「怒り」「悲しみ」「嫌悪」「軽蔑」の
七つから成ると述べている。また、心理学者エクマンは、表情から見た感情には、「幸福」「驚き」「恐怖」「怒り」「悲しみ」
「嫌悪」の六つがあるという。軽蔑を感情に含むかどうかだけが異なるが、あとは同じ。「幸福」が感情だというと日本語では
やや不自然な感じがするかもしれないが、「ハッピネス」を「楽しさ」と訳さずに「幸福」と訳したと解釈すれば、違和感はない。
ちょっと驚くのは、ポジティブな感情は「幸福(楽しさ)」だけで、他の五つないし六つはネガティブな感情だという点だ。
ああ、人間のポジティブとネガティブは、なんて非対称なんだろう。いずれにせよ、恐怖=怖さ。人間は、怖いという感情を持つ。
ちなみに、恐怖に限らず、あらゆる感情の記憶はすべて大脳辺縁系に蓄えられているといわれる。このため、大脳辺縁系は心の
中心だという人もいるくらいだ。・・・ もし人間に感情が無かったら、人間社会は、ロボットの集団、ないしはアリの集団の
ように、ただ役割分担をし、ただ生きて死んでいくような、無機質な社会だったに違いない。・・・シマウマの群がライオンに
襲われたとき、一匹が犠牲になる。それはお布施と同じで、一匹の命をライオンに提供しているのだという。あたかもお布施の
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05月03日(土)
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