ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4778,閑話小題 ー 二度のポタリングの試み
   * 先週から、一日二回のポタリングを開始
 先週から、早朝に加え午後の一時間のポタリングを加えた。午後はスポーツジムを早めに切上げ同じコースを走る。
健康もあるが、グライダーで空中遊泳をしているようで気持ちが晴れるからだ。音楽を聴きながらの土手の時間は特上。
 NHK・BS/TVで、朝食時に日本各地を火野正平が撮影チーム4人と自転車で駆け抜ける番組を放映している。
数ヶ月先のコースを予告しておき、視聴者が、どの道を走って欲しいかの便りを元に走る内容である。 
朝ドラの直後もあってか、視聴率が高いという。平凡な毎朝の、私の定番だが、ツーリストの自転車目線が好きである。
 その一つの便りに、「先年、亡くなった父親が生前、行き先は何も言わないで早朝から夜遅くまで、出かけていた。
ところが最近、父親の日記帳を見たところ、自転車でお寺や名所廻りの行先の記録があった。その一つの寺院のコースを
まわって欲しい」とあって、そのコースを辿っていた。「早朝から夜まで、自転車に乗って、独り、何処かに行っていた」
という言葉が妙に引っかかった。 私の自転車歴は4年半だが、その人は、一日中、どんな気持ちで走っていた? 
チャリダー? ポタリスト? 私の命名は、「一日ツーリスト」。 少なくとも、家でゴロゴロしているより遥かに良い。 
 そこで「現在、一時間のポタリングも、2〜3時間にしたら?」と思いたち、先週から二回目を挑んでいる。 
で、私は、「一時間ポタリスト」というところ。 ただ、自転車は危険なこと、この上ない。それもあって、土手と、
バイパス脇の道路以外は、避けている。最近、始めたのが、ある本をヒントに、ベンチで「ぼんやり時間」を持つこと。
これが、なかなか、難しい。自転車があるので、道の傍のベンチに座るが、ウォーカーが通ると、何か落ち着かない。
ボ〜っとした自分の姿を他人に見られたくない気持ちが動くのだ。 まだまだ「ぼんやり道」の初心者でしかない。
   * 面白い公園
 ツアーで、世界中を旅行していると、行先の都市の美術館、博物館、寺院などの観光の中に、公園がある。
公園は、その国の文化が、そのまま現れ出る。その中に、ノルウェーのオスロの彫刻家のヴィーゲランの
作品をテーマにした公園がある。 幼児期から老人期、そして死、愛、感情など、一生の出来事をテーマに、
人生を考えさせられる像が、様々なテーマごとに並んでいる哲学的空間である。初めて、その空間に入った時の
驚きは、今でも憶えている。人生をテーマに国をあげて公園をつくる、そのセンスの奇抜さに・・・
 一日がかりで、それぞれのコーナーで、自分の人生と重ね合わせると、記憶が生々しく立ち上がるのだろう。
・・・・・・

4411, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −8
2013年04月14日(日)
    * 心清く、よく遊びよく遊べ ーつれづれに
 老後を考える上で、なかなか面白い本である。何事にも自然体で、拘りを持たず、自由に気楽に生きることがベース。
人間は、それぞれ固いバイアスに囲われている。それを一枚一枚、そぎ落としていくのが人生。
老いるにつれ何事も面倒になり、過去に目を向けて、周囲の現象には上から目線になりがちになる。
両親の晩期を供に生活をし、冷静に身辺整理をした父の姿を見ることが出来た。母からは何事にもチャレンジする姿を見た。
「始める前に、あるレベルまで到達できるかどうか見極めること。決心をしたら、先生を見つけ集中すること。
ライバルを見つけること」と、教えてくれた。道を極めようと一心不乱で日々過ごすと、心が純化されていく姿が見て取れた。 
「心の純化」こそ、極意。 以前「何かに集中していると、あるゾーンに入る瞬間がある」と書いたが、それは心の純化の状態。
何事も純化の心から生まれ出てくる。 「童心に帰り、純化の心で、遊べ遊べ!」である。
 人生を振り返ると、その時々、面白く遊んだことが思い出される。 事業も、遊びも、何でも、遊びになるまで対象に入り
込まないと。それは楽しむことから始まる。楽しみになるまで対象に同化することだ。

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04月14日(月)
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