ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4772,ぼんやりの時間 ー5
                      「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) 
    * 「独」―独りでいること  ーぼんやり道
 「ぼんやりの時間」は独りでいる時である。人間は生まれてくるときも、死ぬときも独り。宇宙の一点に独りおかれた
 存在で、その背後には暗黒が無限に広がっている。だから、自分という存在と、親しい人の存在が大事である。
  ー以下の部分に納得するー
《 アン・モロウ・リンドバーグは1955年に『海からの贈りもの』を刊行している。この本には、多くの心に残る言葉がある。
 たとえば「今日、わたしたちは、ひとりになることを恐れるあまり、ひとりになることができなくなっている」という言葉。
いつもだれかとつるんでいたい、群れていたいという習性になじんでくると、人はしだいに「独りになること」が怖くなる。
仲間はずれにされるのが恐ろしくなる。群れてみたからといって、心が満たされるものでもないのだが、独りっきりに
なるよりはましだという気持ちになり、人は群れようとする。 A・M・リンドバーグはこうも書いている。
「わたしたちは、ひとりの時間を求めなければならない。ひとりで静かに過ごす時間。ゆっくりと考える時間。祈りの時間。
音楽、読書、そのほか何かの勉強でも、仕事でも、自分を自分の内部に向かわせて、わたしたちを分断しようとする各種の
遠心的な力に抵抗しなければならない。」
 なぜ独りになるのか。独りでいることによって、人は「静かに過ごす時間」というものを味わうことができるからだ。
「ゆっくり考える時間しを過ごすことができるし、「自分の内部」に思いを向ける時間をもつことができるからだ。
「空想にふける」時間も生まれる。『孤独の空間に自分の夢の花を咲かせる」ことだってできるのだ。
そして、独りでいることと、ぼんやりすることとはかなり重なっている、と私は思う。・・・
 ・・・「寄せては返す波。松林を吹き抜ける風。砂丘をゆったりとはばたきながら飛んでいく都鶏。そんなものが、
あわただしい都会の暮らし、時間割りや計画のざわめきを消してくれる。そうして、ただそこに横になったままのわたしを、
あるがままでいさせてくれる。横になったわたしは、波で平らになった浜辺とひとつになる」。
「ぼんやり道」というものがもしあるとすれば、このあたりの文章はまさに「ぼんやり道の奥義」、といっていいだろう。
ただそこに横になっている。あるがままの自分がそこにいる。・・・
 リンドバーグは、さらにこの本で、「孤独の力」といったことについて、重要なことを書いている。
「ひとりでいる時間は、一生のうちでもきわめて重要な時間である。ある種の原動力は、わたしたちがひとりでいる時にだけ
湧いてくる。芸術家は創造するために、作家は考えを深めるために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために、
ひとりにならなければならないことを知っている」 独りでいる。独りでいることで、心安らかにぼんやりすることができる。
ぼんやりしながら、いつか自分の内面と向き合っている。謙虚な気持ちで、内面と向き合っている。・・・ 》
 ▼ 午前中の5時間は、ミニ書斎でブログの下書きと、修正、読書、ネットサーフィンのいずれかをしている。
  この時間帯は時間感覚が無くなって、完全孤立の壺の中。没頭ないし、ぼんやりの世界という方が正確だろう。
 そこで生じた内容を公開していることもあり、日常の生活でも、孤立感とか、孤独感が全くない。 
 毎夜、4時間の爆睡後、うとうとしたり、夢をみたり、急に頭が冴えわたったり、またぼんやりしている時の漆黒時間帯がある。
 この孤独の3時間は、何ともいえぬ味がする。潜在意識と、顕在意識の際が混濁した時間帯で、時空を超えたフラッシュが
 現れ出てくるが、決して楽しくない。老いとは、この時間帯の感覚が、昼夜続く孤独な老人になっていくこと。とすると!
・・・・・・
4405, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −5
2013年04月08日(月)
 四時限 宇宙人を目指そう        『隠居大学』 天野祐吉
   * 隠居をすると自由になれる ー宇宙人を目指そうー お相手 谷川俊太郎

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04月08日(火)
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