ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4735,閑話小題 ー冬期オリンピックも終わり
   * 冬期オリンピックも終わり
「オリンピック騒ぎも終わりつつある。お祭りだから、何もいうこともない!」 なら、話が始まらない。
ワールドカップのサッカーと同じように、国家の威信を背負っての闘いだから、熱くなる。
期待とおりメダルを取れた人も、取れなかった人もいた。オリンピックには魔物が棲むという言葉のとおり、
思いもよらないハプニングが起こる。 極限の緊張の中で、プラスにもマイナスにも身体が違った反応をする。
フィギアの浅田麻央、引退表明をしていたのが、ここで急に妙なことを言い出した。もう選手寿命が明らかに
ピークを過ぎたのは、誰の目にも明らか。 幼いのだろうが・・ この娘は、今が辞め時! 葛西選手とは違う。
   * 今年の雪国長岡は、この十数年来の少雪
 表日本を含めた日本中が寒波に襲われ大雪で騒いでいるが、こと豪雪地区の越後長岡は、10年来の少雪だった。
例年は、12月半ばに70〜80cm位積もり、その後、1月半ばから下旬にかけて、1・5〜2m位の積雪になるが、
今年の二度目の積雪は例年の半分以下。この時期、(庭師や建設業者などが副業)除雪業者は、完全に当て外れ。
豪雪は稲作にとって、地下水の貯水源になるため、降らないと何らかの影響が出てくる。
 で、先日、1月初旬以来、一時間程のポタリング(自転車散歩)をしてきた。近くの土手を、自転車一台が
通れるほど、地面が雪間から出ている所を恐る恐る走った。しかし雪に乗り上げ、アワヤ転倒になりかけた。
まさか二月の下旬にポタリングとは・・ さすがに、信濃川の土手は走行不可。 今日の午後も予定している。
・・・・・
4368, 歳を取りそこねる人たち ー2
2013年03月02日(土)
                  「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日 武彦 (著)  
 「老いると独自の当惑や釦の掛け違いによる問題、恥や失望や悔しさが待ち受けている」というのが本当のところ。
 そして最期は死ぬのである。その中で幸福であるために、幸福とは何かを常に自省しなければならない。
   * 幸福のふたつの文脈
≪ 近頃の私は、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになっている。
・ひとつは日常における安寧とか平和とか、つまり波風の立たない平穏の毎日である。それは往々にして退屈に感じたり、
 無価値に映る。だが、大病を患ったり危機の状況に追い込まれると、つくづく【当たり前の日常】の有難さに気づく。
 現代社会における大問題として、年齢を重ねたなりに淡々として、維持していく筈の【当たり前の日常】が、老人に
 とって手の届かない危惧が挙げられてないだろうか。
・幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、楽しいこと、満足感を得ること――
 そのよう躍動的で高揚感をもたらす事象との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとって十分に
 喜ばしいことが、別の人にはむしろ物足りなさや悔しさを惹起することなど幾らである。
 こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを告げる日差しの変化とか、隣人から土産にもらった
 鯵の干物の美味さとか、窓の向こうに見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とがまったく同じ赤であったことに
 今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、学生時代に読んだ小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、そういった
 もので十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズをしたくなるような晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく
 幸福の滴を感じ取ることができる。それが年寄りになることの醍瑚味だと信じてきた(へいや、今でも信じている)。… ≫
▼ 幸福とは、当たり前の日常を受け入れる「受容」と、驚き、楽しみ、満足感をえる「新鮮な事象との出会い」にある。
 自虐的な性格もあり、倒産すら楽しんでいた自分がいる。ならば、老いていく自分を楽しむには、これは最適の本。
  ー次のアマゾンのレビューが解りやすいー

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03月02日(日)
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