ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3
* クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜A ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペアが多い? 私が?パラノで、家内が?
「パラノ」と「スキゾ」について、浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分統合化して背負いこみ、それにしがみついている
ようなのを言う。パラノ人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に進もう、少しでも多く
蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」(『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表しています。
・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど時点ゼロにおいて微分ー差異化
しているようなのを言う。スキゾ人間は、「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り
続けるパラノ人間に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間であるということです。
浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、《追いつき追いこせ》の運動が活発化する
のであり、それを否定するスキゾ人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」です。
しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間にはパラノ型とスキゾ型の二つがある、と説。
・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬にすべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。
もっとも基本的なパラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこをセンターとしてテリトリーの拡大を
図ると同時に、家財をうずたかく蓄積する。妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、パラノ型になってしまう。これビョーキだが、
近代文明はまさしくこうしたパラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、それなりに
安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。
ここで《住むヒト》にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。ふみとどまらず、とにかく逃げる。
そのため身軽じゃないといけない。家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためこんだり、
家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので用を足し、子種も適当にバラまいておいて
あとは運まかせ。頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。
私自身は、50歳まではパラノ型で、それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。
こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた?
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)
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