ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4723,哲学はなぜ必要か?
    * なぜ人生に、哲学が必要なのか? (今更だが、あえて!)   もう少し おまえσ(=゚ω゚=;)考えろよ!?
 40歳を過ぎた頃から、哲学に興味を持ち始め、初心者用の本を中心に読み続けてきた。知れば知るほど、奥行は深い。
知人の叩き上げ?で一財を築いた?男が、茶器造くりを趣味にしていると聞き、自宅に行き、一つ貰ってきたことがあった。
その少し前に「スランプ気味」と話していたので、お礼にと初心者向けの池田晶子の哲学書を贈呈した。そこまでは良いが、
私の一連の件で会う度に、それを逆手に『俺は哲学書など読まないが、上手くいっている』と嬉しそうに嫌味をいう。
これは、イギリスの哲学者で経済学者でもあるジョン・スチュアート・ミルが、著書「功利主義」で唱えた
【満足した豚よりも不満足な人間である方が、また満足した愚か者よりも不満足なソクラテスである方がよい】という
言葉を知っていたら絶対に言えないのである。「ものを考えず現状に満足して動物のように生きるな。
やせてもかれても思考する人間らしく生きよ」ということ。その男に何度か言われるうち、酒も入っていたこともあって
『茶器造くりでスランプというから哲学の入門書をやった。茶器とは作者の魂そのままが、表出する。スランプを乗越える
ためには、魂とは何か?魂を入れるとは何か?を知らなければなるまい。作品に打込んだ魂とは全身全霊を作品に叩きつけて
こそ入るもの!それなくしてスランプを乗り越えることなど出来ないはず!』と、怒り気味に話したが、この人には? 
近くの社長をしている二人も、その男の嫌味もあってか、私の理屈に同調?したようだったが・・┃¨━(σ-`д・´)━╋┓
 魂といえば、ゴッホの「ひまわり」や、ピカソの「ゲルニカ」を前にし、その波動が伝わって立ち竦んだことがある。
茶器づくりも、茶道も、花道も、コンピユータにたとえれば「エクセル」「ワード」などの「アプリケーションソフト」に
過ぎない。「ウィンドウズ」や「リナックス」といった「OS(基本ソフト)」がなければパソコンのアプリが動かない。
何事も、そのOSとなる「ものの考え方」や「もののとらえ方」の基礎を学ぶ必要がある。行詰ったら、「知のOS」を、
グレードアップした上で、茶碗造りなどのアプリを作り替える必要がある。その「知のOS」が "哲学"などの教養にあたる。 
 これからすると、正解のない人生の課題に対処するにも哲学が必要になる。人生の難問は生きている限り次々と生じてくる。
対処するには自頭で考えて乗り越えるしかない。その自頭のベースは教養から生じてくる知恵、すなわち哲学になる。
「哲学」(フィロソフィー)という言葉は、古代ギリシャ語「フィロソフィア」(知恵を愛する)が語源。 この言葉は、
哲学が「いかに知るか」「いかに学ぶか」を学ぶための学問であることを教えている。知恵を愛するから、知恵が生まれる。
反面教師なら幾らでもいるが、相手から見れば、自分が最たる反面教師だろうに・・ 人は己が知っていることしか知らない!
  (゚∀゚). (ノ・人・`)??はて…? ドォスル?? (*´・д・)ノ(・д・`*)ドォシヨッヵ・・; …  o( ̄ー ̄;)ゞううむ
  o(´^`)o  ウーr(-◎ω◎-) 考え中..... σ( ̄、 ̄=)ンート・・・σ(゚・゚*)ンート・・・ウーン  (Θ_Θうーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ
・・・・・
4356, 閑話小題 ー因果一如
2013年02月18日(月)
   * 因果一如
 白隠禅師の坐禅和讃の中に、「因果一如の門ひらけ」と云う一節がある。 「因果一如」は、因果応報に近い言葉。
原因と結果は一緒という意味で、原因を作ったときには、結果も同時に生まれるということ。結果はいつも原因の中にある。
原因から出て行って、また原因へ帰る。 過去と未来にとらわれることなく今のその瞬間を大事に生きることにつながる。
なぜ人は死ぬか? 生まれてきたからだ。病気は、きっかけでしかない。善悪、それは誰かが決めた基準で裏表同じこと。
事業の倒産、それは創業したため。きっかけは、事業年齢がきて寿命が尽きたため。そうこう考えると納得できる。 

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02月18日(火)
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