ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393435hit]

■4706,<つまずき>の事典   ー1
                      
                         <つまずき>の事典> 中村邦生編著
 図書館内を彷徨っていると、そこに住む天使が、その時どきの最適な本に導いてくれる。 今回は、これ。
そろそろ節目も終わり、切り替え時期。 冷静に<つまずき>を見つめ直すに丁度よい本である。新たな創造前には、
崩壊が必要。この挫折経験から、傍からみえた現象はワーストだが、私の人生にはベストと仮説をたてると、そう思える。
「これまで信じていたことが、ほぼ全てが間違っていたのでは?」という視点が、大きな収穫。実際に経験すればこそである。
  ーアマゾンの内容紹介ー
【 世の中楽しいことばかりじゃない!様々な挫折があればこそ生まれた名言・名句の数々。"つまずき"の中に人生をみつめ、
 自分の失敗を笑う勇気がでてくることばのアンソロジー。英米・日の文学作品・映画・芝居やヒットソング・広告コピーから
 選んだ237句にスパイスの利いたコメントと原文を添えた。小さな文学事典を兼ねた作家・作品案内でもある。】
   * 新たなチャレンジに迷っている時に
「君はこれまで何度も失敗した、覚えてはいないかもしれないが。
 はじめて歩こうとしたとき 君は転んでしまった。
 はじめて泳ごうとしたとき 君は溺れそうになってしまった、そうだったろう?」
▼ 転ぶことも人生の一部。自分の手と足で立ち上がり、新しい人生に歩き出すチャンスでもある。つくづく実感したのは、
 私にはこれがベスト!ということ。で、次のチャレンジは? そう、あれ? いや、まだまだ、楽しみが足りない?
   * 世界の涙の総量は一定なのさ
《『世界の涙の総量は一定なのさ。だから、誰か一人が泣きだすたびに、どこかで別の誰かが泣き止むんだ。同じことは笑いにも
 あてはまるよ』と、サミュエル・ベケット(二十世紀を代表するアイルランドの文学者)は、ある登場人物に言わせています。
 もし自分が悲しみに沈んでいる状態にあるとすれば、この世界の誰かのところにあった涙がたまたま自分のところに集まって
 いるのに過ぎず、そのことによってその人の悲しみや苦しみを密かに和らげていることになるからだ。もちろん逆の喜びの総量に
 関しても同じことが言えるだろう。涙も笑いも実は私たちすべての者が分かち持っているのである。》
▼「泣いても笑っても同じ空」 (ノ∀`)っても(;_;)ても、同じなら、笑っていた方が良いが、時に悲しみも必要。
 「人生、あざなえる縄のごとし」で、哀しみも、笑いも、同じ束の藁。それが人生。そう思えば、冷静でいられる。
 喜怒哀楽のどれもこれも、人類の一定量の共有物と思えば、バランスをもって、引き出せばよい。
  ところで、私の人生には哀しみが足りなかった! 実感として、「喜3、怒2、哀1、楽4」の割合。楽の4を2にし、
 哀を3で丁度良い?で、神様は、この結果を与えた! が、今で2? いや1のまま? σ@(゚∀ ゚) クルクルパー! 実は(ノД`)・゚・
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
                 「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと同じ頃にブッダは以下のように述べている。
 まずは、その辺りを抜粋してみる。
   * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」
   おそらく、ブッダほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。彼は、自分が自分の主になることの
  むずかしさ、自分をよく整えることの困難さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いたのである。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、実に極めてなし難い。」
   ブッダは、不要なことに心傾けて、必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感していた。

[5]続きを読む

02月01日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る