ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4697,末期がん、その日のための予習を ー1
ー「末期がん、その不安と怖れがなくなる日」樋野 興夫 (著)
怖しい本だが、いつ何時、「余命?ヶ月」を宣言される可能性のある年齢。父の余命一年間の精神的、肉体的苦痛を
目の当たりにしたが、この世から消え去る恐怖と、生への渇望は、砂漠の中の彷徨い人のよう。 いずれは通る道。
その時、父に聞きかじりの哲学の『死についての一考察』を話したことは、何度か、ここで書いてきた。
【 本人にとって死は存在しない、あるのは自分以外の死だけ。何故なら、死んだ瞬間、自分は無くなる。
その当人が考えている死は、他人の死のイメージで、亡くなった人にとって、死んだ瞬間、その自分は、消滅している。
だから、全て死は、それぞれの当人に存在をしていない云々』と、話したところ、ハッとして急に顔が輝いたことがあった。
死は何か? 死の恐怖の克服を如何にすべきか? 何故、自分が死ななくてはならないか?等の問いは、哲学の究極的問い。
いざ余命を告げられ、絶望に陥ってから、この類の本を探し当てるのは至難のこと。 哲学として死について考えること、
身近な人を見送った手記や、医師と末期患者との哲学問答などの本を読むことが出来るのは、今のうち。
『死ぬための生きかた』と『生きるための死にかた』という具体例に取上げた本を読んだことがあるが・・それは生々しい!
まずは ーアマゾン〜内容紹介ー
《 一人の病理医師が‘期間限定’で開いた「がん哲学外来」。評判が評判を呼び、全国に広がった。
人は「死」を前にしたとき、「生」の意味を考え始める。ここに生きるヒントがある。
日本人の2人に1人はがんで死ぬ時代、一人の病理医師が開設した「がん哲学外来」。医療が手放した末期の患者に対し、
生きる意味、死ぬ意味などを問うこの外来が大きな評判を呼んだ。余命を宣言されたとき、あなたは何を思うだろうか、
何をしたいのだろうか… 多くの患者が抱える悩みは、人間関係にあるという。それらを克服し、どう死ぬかに至るための
道筋がこの本にある。いま、がんで苦しむ本人はもとより、その家族ばかりではなく、現在、健康な人へも「なぜ生きる」
「死をどう迎える」という命題をつきつける。●人生いばらの道、にもかかわらず宴会●八方ふさがりでも天は開いている
●命より大切なものはないと思っている人ほど、悩みは深い●死ぬという大事な仕事が残っている●勇ましく高尚なる生涯
〜死んだあとに何を残すか●がん細胞は人間社会と同じ●がんになっても天寿は全うできる●愛しているなら、心配するな
●「する」ことより「いる」ことがやさしさ●暇げな風貌と偉大なるお節介・・・ 》
▼ まずプロローグをまとめてみる。《「がん哲学外来」の言葉は著者が、初めてつくった造語。 2008年に3ヶ月にわたり、
5回、特別外来を開いた。宣伝をしたわけでないので不安だったが、何と80組の予約。 予測を遥かに超えてしまった。
患者は、不安を少しでも解消したいと思っていたようだ。これだけでなく、この「がん哲学」の動きは全国的に広がり、
講演やシンポジウムに呼ばれるという。2001年の学術雑誌に『がん哲学への道』というテーマで寄稿していた。
末期がん患者の悩みに医師や最新医療が何も答えることが出来ない。がん医療は、患者の「心」を支える部分で不十分。
著者が患者に語りかけた内容は、それまでの患者から教わったこと。》次回から、章ごとにおって、テーマにする。
・・・・・
4330, 弧族の人たち
2013年01月23日(水)
「 孤族の国 ーひとりがつながる時代へ 」朝日新聞「孤族の国」取材班 (著)
NHKスペシャルが取り扱った「無縁社会」の朝日新聞版というところ。 全国53の事例でつづった渾身のルポ。
太平洋戦争以降、若い人口を都市に流入させた結果、やせ衰えた地方。帰る田舎を失い都会で独り生活している孤独の人たち。
繋がることで弧族とはいうが、繋がれないで孤立をしている個々の人たちが大部分。65歳以上のみの高齢者世帯数が962万世帯と
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01月23日(木)
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