ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393451hit]
■4691, 苦しみは、深いレベルの「神秘」
『心を癒やす言葉の花束』アルフォンス・デーケン著
* 現実を「問題」と「神秘」の二つの次元に分けるがよい
ー苦しみは、深いレベルの「神秘」である 解決できる「問題」ではないー ガブリエル・マルセルの言葉が良い。
「神秘の典型的な愛、自由、人間、自然、出会い、存在、誕生、生、死、悪」などが解決しようとするから苦悩が生まれる。
人生は、成るほど神秘的のはずである。「生きるとは、問題解決の連続と思ってきたが、解決できない苦悩の中で、七転八倒
すること」なら、次つぎ襲ってくる苦悩も素直に向き合える。 ーその辺りを抜粋ー
《 苦しみに、簡単な解答はあり得ません。 その理由は、苦しみという現象が、「問題」ではな「神秘」の次元に
属しているからです。ですから、私たちが苦しみを体験するとき、出口のない真っ暗なトンネルの中に迷い込んだような
不安や焦燥にかられ、無力感に打ちのめされるのでしょう。私の恩師、ガプリエル・マルセルは二十世紀のソクラテスとも
言われた偉大な仏の哲学者でしたが、彼は人間が直面する現実を「問題」と「神秘」の二つの次元で考えました。
「問題」は、客観的にみて、知識や技術で解決することができる問いかけです。しかし世の中にはコントロールすることも、
把握することもできない、深い領域が存在しています。それが神秘です。神秘の次元のものを、神の次元のように客体化しよう
とすれば、大きな過ちを犯すことになります。たとえば、医者が患者をみて病気を診断し、薬や手術などの治療法を検討する。
これは病気を問題として解決しようとしているわけです。 一方、治る見込みのない患者に対しては、多くの医者は「もう手の
施しようがない」と匙を投げます。これは、患者の生と死を単なる技術的な「問題」の次元でのみとらえているから、何も
できないという答えになってしまうのです。けれど、たとえ病気を治すという解決ができなくても、残された時間を有意義に
過ごす手助けをすることで患者の苦しみを和らげることもできます。それが「神秘」の次元で考えるということなのです。
典型的な神秘の次元に属するものとしては、愛、自由、人間、自然、出会い、存在、誕生、生、死、悪なども挙げられます。
今の教育は、ほとんどが問題解決のための技術的な教育に偏り、あらゆる神秘を単なる問題解決の次元で片づけようとする
傾向がありますが、そこに現代社会の大きな欠陥が隠されているように思えてなりません。
マルセルは、神秘に属するときは、自分の限界を認めることが大切だと強調していました。人為を超えた神秘には、
「素直な驚き」「謙遜」「畏敬」「開かれた心」を持って向き含うのが望ましい姿勢と言えましょう。
どうしようもない苦しみにさらされたときも、事態をあるがままに受け入れて眺めれば、苦しみに埋没することなく、
新たな段階へと踏み出せるのではないでしょうか。 古代キリスト教の教父と言われるアウレリウス.アウグスティヌスは、
十九歳のとき親友を突然病気で亡くしました。彼は、そのときの苦しみを回顧録で、こう綴っています。
「今や自分にとって、自分自身が大きな謎となってしまった」 ここでいう「謎」とは、あきらかに神秘の次元を指します。
同じ十九歳なのに、親友は死に、自分は生きている。それまで当然だと思っていた親友との日々の生活が、実は当たり前の
ことではなかった―― この苦しい体験が、彼にとって、人生の神秘について深く考えるきっかけとなりました。
アウグスティヌスが、西欧の歴史上、最も優れた思想家の一人となったのは、この大いなる神秘に真剣に取り組んだから・・・》
▼【人為を超えた神秘には、「素直な驚き」「謙遜」「畏敬」「開かれた心」を持って向き含うのが望ましい姿勢】 が良い。
色いろ、七転八倒してみて、「何だ私は、この程度の人間なんだ」と限界を割り切ることが、諦めであり、悟りになる。
この節目時に、腹の底から笑った後に、ドッと肩の荷が下りた。そのフワフワ感が何とも良い。神秘的だが面白い人生か〜
・・・・・
4324, 財政恐慌 −2
2013年01月17日(木)
[5]続きを読む
01月17日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る