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堀井On-Line
by horii86
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■4653, 閑話小題 ー行蔵の中の、旅行の棚のお宝
* 行蔵の中の、旅行の棚には
学生時代の欧州旅行が当時の40万円。5〜10万円を別途プラスして、現在の金額からすると一ヶ月間で400〜500万円になる。
丁度、高度成長時代に入った昭和42年。馬小屋のような寮生活しか知らない地方出の私にとって、この旅行のカルチャー
ショックはあまりに大きく、固定観念が粉々に砕けてしまった。これが、その後の事業人生で、他人の思惑を気にすることなく
生きてこられたバネになってきた。その前には、大きな挫折経験があったが、これはカルチャーショックによる自己崩壊?
それから20年後の40歳から年に平均二回、20年近く行き続け、合計48回の秘境を中心としたツアー。
今からすると、【来年前半に一月間の5百万のツアーに参加。余韻を半年、楽しんだ後半から、隔月ごと年6回の割合で旅行に
出るとして、まる8年。家内と共にすると4千万円はかかる】 その旅行に出続けてる期間は、手取り一千万以上の収入があり、
給与面からみて、収入範囲である。 それがどうした?といえば、それまでだが、「べき時に、べく事を、べく実行してきた」
ことになる。 御隠居の今では、肉体的に金銭的に、気力的に不可能。 河口湖や、軽井沢に別荘を持っている豊かそうな?
知人を見ても、気持ちに余裕を持つことが出来る。 「遠き日は、歳とるごとに近くなり」が、齢を重ねる度に、どれもこれも
昨日のように感じ取ることが出来て、人生の終盤にプラスに働いてきた。プチブル主義の露出になるが・・・
この年齢で、新羅ウィグル地区からカラコルムハイウェーを抜けるコースや、パタゴニア、南アフリカなど、無理。
その十倍の4億の現金と、この旅行経験を交換しないかと言われたら、迷いなく行蔵をとる。あのTPOSの中で遣り繰りつけて
行ったから価値がある。事業整理の結果に、さほど動じないで済んだのは、幾つかのライフワークを続けていたため。
それもこれも両親の生き様から学んでいたため。見方を変えれば「これで、この男、狂ったか!」 だが「狂って良かった!」
ー最後は、いつも、「良かった良かった」の自画自賛かいー の誰かの声が聞こえてきそう! ケチくさい話だが・・
・・・・・・
4288, 学ぶということ −2
2012年12月12日(水)
「最終講義 生き延びるための六講」 内田樹著
* 母親と父親の育児戦略の違い
−まずは、親の教育論の部分より
≪ 母親は破局的状況を生き延びることを求め、父親は優劣を競う戦いに勝ち残ることを求める。
相対的競争の勝者になって目立つことを求める父親型育児と、群れに紛れて、あたりと見分けのつかないものに
なって欲しいという母親型育児、この二つは実は排除しあうものではない。対になっている。その二つの育児戦略の
拮抗の中で、子供はいい具合に育つ。この拮抗の並列が、一番バランスが良いのが理想的。これが両方とも「競争に勝て」と
子供を責め立てたら、子供はストレスで壊れてしまう。「生き残っていさえすればよい」と言えば、社会性がつかない。
でも、数多の親たちをみると、どちらかに偏りすぎでバランスの良いのは少ない。 偏りすぎると社会的成熟が出来ない。
1980年代からあとは、日本社会では、母親までが父親型の「競争優位」になってしまった。あまりに日本が豊かで安全な
国になってしまったからです。もう破局的状況を生き延びる緊急性がなくなった、どう転んでも心配なくなった。
だから、人のことなど顧みず、私ひとりよければ、それでいいという時代になった。競争に負けても、取りあえず
食べていける保証があったからです。まだ50年代までは貧しい時代で、「共和的貧しさ」であった。 ところが、今、
時代は変わってしまった。日本が例外的に豊かな時代が終わった。「ラットレース」は勝ったものの総取りで、
負けた人間には何も与えない時代になったら、本当に飢死にする可能性が出てきた。そこで、ここで「ルールを変更しようと」
という話になったわけ。競争原理は、豊かな社会向けルールだった。しかし今や資源が限られた中、「潮目の変化」が起こった。
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12月12日(木)
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