ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4622, 君は1万円札を破れるか? ー7
    * 空観、仮観、止観、そして中観に至る
 空観、仮観、止観、そして中観に至って真の自由の獲得する道筋がわかりやすく、良い。一つ間違えばアウトローだが。
としても、どっぷり浸かってしまった小さな世界から、一歩も二歩も、外に出ないと、「シラミ」になってしまう。
同じシラミなら、外の世界を持っているかどうか、である。ライフワークは、そのために持っていなければならない絶対条件。
  ーその辺りをまとめてみたー  {般若心教の具体的解説とみると理解しやすい!}
《 無限に広がる巨大な「網」を想像してください。無数の網目が集まって網を成していますが、その区切られた一つの
「網目」だけを取り出しても、それは存在しているといえるでしょうか? いえ、「網目」という実体はありません。
このように、すべての存在現象はほかに依存して「仮」に現れているだけ。本来は消滅増減もなければ色形の区別もない、
つまり、「空」である。このように宇宙を観るのが、「空観」です。
 自分が作り出した欲求が「苦」を生むのですから、煩悩を捨てていき、すべてが幻想であると理解したら、心安らかに
生きていける、ということです。しかし、人が煩悩を完全に捨て去ると、人類が滅亡してしまいます。そこで、もう一度、
認識されることによって現れる、世界の「仮」の姿を見るのです。これを「仮観」といいます。
 たとえば、コップを見て、「水を飲むもの」と認識したら、それはコップにそういさう「仮の役割」を持たせたということ。
同じコップを「水を注いで花を挿すもの」と認識することもあるでしょう。このように、世の中のすべてを、役割を持たされた
仮の存在と見るのが「仮観」です。
 釈迦がすごいのは、「空観」と「仮観」のどちらも欠いてはいけないとわかっていたことです。すべてを「空」だと
知ったうえで、同時にすべてのものに「仮」の役割を見いだしていくのです。すると、結局のところ、この世の中に何一つ、
役割のないものは存在しないということがわかります。この考え方を「中観」といいます。中観こそ、私たちが最終的に
目指すべき境地だといっていいでしょう。
◎「一億円持っているから幸せ」とか「1億円の負債があるから不幸」と感じるのは、本当はいずれも幻想に過ぎないことを
 知るのが、空観方式です。ただし、どうせ同じ幻想なら、自分の望むようにゴールを設定し、徹底的に目指すほうが、
 途中の過程を楽しめます。
◎「じゃあ、実際にどんなものか、1億円を稼いでみましょう」と、仮のゴールとして設定するのが、仮観方式です。
注意すべきは、その達成で得られる「幸せ」は、あくまで「仮観」。幸せの仮の姿と知っておくことです。知っていれば、
 実際にお金持ちになっても、「もっとお金がないとイヤだ!」と思うような不幸は起こりません。 要は、煩悩に
 振り回されないよう、ということ。
◎そこで大事なのが、「止観」という考え方です。煩悩をいったん「止めて、観る」のです。といっても、難しいことでは
 ありません。 煩悩が暴走してしまうのは、その衝動を意識できていないからです。意識さえしていれば、コントロ!ル下に
 置いて、暴走を防ぐことができます。意識するには、自分の煩悩を少し脇に置いて、客観的に眺めてみればいいのです。
 「止観」によって、自らの欲求を認識することは、抽象度の上がった世界から眺めることにほかありません。そこから
 眺めれば、欲求は自然とコントロールできます。それを続けることにより、中観の境地に至っていく。》
▼ 「中観に至ると、ありとあらゆる価値観の束縛を超えながら、この世で真に自由に、自らの望む役割を果たすことができ、
 他のあらゆる存在も、それぞれの役割を果たしているだけであり、そこに一切の上下関係などないことがわかってくる」
 私たちの本来、持っていた自由と、親とか学校教育で教えられた自由と違うことが、中観に至るとわかってくる。
  ところで、武澤ゼミで教わった真髄は、この中観の目線だったのではなかろうか! 一つ間違えば、私のようになるが?
・・・・・・
4257, しまった!  ー6
2012年11月11日(日)

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