ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4556, グレートジャーニーから見えてきたことは ? ー1
月刊誌「新潮45ー6月号」 ーたけしvs・関野吉晴の対談ーより
* 追われ追われて南米最南端
冒険家が人類の移動の跡を辿って見えてきたのは、「人類の弱者が、より悪い環境の地に追い込まれて、その繰り返しの
究極の地が南米最南端パタゴニアであった」ということ。アフリカから追われ、その移動先で落ち着くと、その中の弱者は
また弾き出される。その積み重ねが、アフリカから南米の最南端までの人類の軌跡であった。その過程で生き延びる知恵こそ、
弱者の知恵になる。しかし、その過程で彼らは進化したかというと、そうではない。北アフリカと欧州に留まり闘い続けた人間が、
文明の基礎を作りあげていった。逆に、エスキモーとか、南米インディアンは、逃げることで、生き延びていった。
弱者には逃げるしかない。 この切り口で人類の歴史を鳥瞰してみると面白い! 僻地の人間は、そのためか優しい。
ーその辺りから抜粋ー
《 たけし〕しかし、六万年前に人類がアフリカから移動していって、世界中に広がったルートを逆に辿る発想は面白いけど、
ずいぶん無茶なことをしましたね(笑)。
関野〕 確かに逆ルートは無理があります。やっぱり人類は逆ルートでは移動しないことが、やってみると分かります。
全部、逆風なんですよ。例えばべーリング海峡を渡るときに、風速五メートルから十メートルのいい風というのは西から吹く。
僕はアラスカからシベリアに行くわけですから、東風が欲しい。しかし、東風は風速十五メートル以上になることが多い。
たけし〕どうしてアフリカで生まれた人類が全世界に移動したと言われているんですか?
関野〕研究者によって意見が違っていて、僕は最初、「あの山を越えたら何かあるんだろうか」という好奇心、あるいは
「あの山を越えたらもっと獲物がいて、いい暮らしが出来るんじゃないか」という向上心で心で動いていたと思っていました。
もしそういう好奇心とか向上心とか、いわゆる進取の気性に富んでいたなら、一番遠くまで行った人たちの末裔のはずです。
たけし〕そういうことになります。
関野〕ところが行ってみたら逆でした。南米最先端に行った人は一番弱い人なんです。そこでは狩猟生活もできない。
ホタテとかカニをとって生活をせざるを得ないんです。どうしてそんなところに移住してきたのだろうと考えてみると、
弱いからじゃないか。例えば、あるところが住みよいとなれば人ロが増えていきますよね。
たけし〕 そうなると誰かがふき飛ばされる人が出てくる。
関野〕ええ、誰が出ていくかが問題になる。強い人出ていきません。そこで、はじき出された人がフロンテアに行くわけです。
滅びてしまう人も多いと思いますが、そこでバイオニアになれた人が生き残れる。創意工夫を働かせて適応した人が「住めば都」
に変えてしまう。そこでも人口が増えると、また弾き出される人たらが出てくる。だから、日本は弱い人の吹だまりだと思う。
それ以上、東に行けないわけですから。
たけし〕日本人がもともと弱い人間の吹だまりだというのは面白いね。
関野〕それはイギリスも同じですね。もっと西に行けない。ところが、いいか悪いかけ別にして、日本はアジアを制圧しようとしたし、
イギリスは世界を制覇しようとした。だから、もともと弱いといって、いつまでも弱いわけしでない。弱いから逆にいろんな知恵を
使うわけです。もともと人類はその誕生のときから、弱いから知恵を使って生きてきた。 》
▼ 強みは、弱者の苦労から湧き出る知恵から生まれる。決して野心を持って挑んだ訳ではない。弱者の知恵こそ、力になる。
弾き出した方はといえば、変化適応能力が無くなり弱者になっていく。何処かの国か、地域そのもの。脱皮できない蛇は死ぬ。
・・・・・・
4181, 呪いの時代 ー1
2012年09月06日(木)
「呪いの時代」内田樹著
なかなか時代の特質を捉えた面白い本である。バブルと、バブル崩壊を経た後、日本は20年以上も下降曲線をたどっている。
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09月06日(金)
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