ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393673hit]
■4554, 横尾忠則の老人論
「猫背の目線」横尾 忠則 (著)
横尾の戒老録だからこそ、風がわりで面白い。「猫背の目線」とは「老人のものの見方」という意味である。
私より10歳年上で三年前に初版が書かれており、古希越えの経験が書いてある。再来年に古希越えの私に丁度良い老人論。
ーアマゾン内容紹介ーより
☆ 体の声を無視した結果がストレスを起こす。老年を迎えた猫好きのアーティストは、嫌なことはせず、
好きなことだけをして生きる。少し日常の目線をずらしてみれば、あなたも今日からできること。最新エッセイ集!
☆ 古稀を迎えた猫好きの芸術家は考えた。「忙しいのは他人の時間に振り回されるから」「病気自慢が体を浄化する」
「努力は運命の付録のようなもの」―老年が人生を仕上げる時期ならば、ひとつ人生を遊んでやろう、遅ればせながら
隠居を実行しよう。自然に、創造的に生きたい老若男女必読。
ー アマゾンのレビューの内容がよい! 出版社か、筆者自身?の書き込みと疑いたくなるほど、である。
《 「今まで芸術と生活を二つに分けて、芸術に集中さえしていれば生活を疎かにしたってどうってことないと考え、
全てを芸術論でかためてしまう人生観を送ってしまったところがあった。芸術は芸術の中でのみ完結するという錯覚は、
完全に幻想だったことが理解できた気がする」 この言葉が核心といっていいだろう。
若い頃から、ナルシシストで自意識過剰の横尾は、75歳になる今年も、そこから抜けるために未だ苦労しているようだ。
自意識過剰から抜けるための試みの一つが、全国あちこちでやっている公開制作である。 公開制作について横尾は
「(公開制作を行っていると)無私になる。不思議なことに雑念が去来しなくなる。『私』の意識が薄れる」とここで語る。
この公開制作時のテーマは「T字路」である。 なぜT字路なのか?それは62,3歳の頃に10年ぶりに帰った故郷の西脇で、
子供の頃に良く通った、T字路に建つ模型屋が奥の壁を残して、あとは見る影もなくなっている姿に、膝が崩れ落ちるような
衝撃を感じ、そのT字路を描くことでノスタルジーをもった「個人」から自由になり「普遍的な個」と感じるからだそうである。
横尾は幼児の頃に叔父の家に養子に入り、溺愛されて育った。彼にとって過去の記憶はすべてよきもの、と言っていいだろう。
決して忘れたい過去に苦しむ人間ではないのである。芸術と生活は別、と考えて60代にまで至ったこと自体にに驚くが、
同じくナルシシストで、「芸術と日常生活は別」と同じことを言っていた三島由紀夫に傾倒し多大な感化を受けていたことを
考えると、不思議ではないのかも知れない。》
▼ 横尾は、「隠居は、嫌なことをしない、好きなことだけをする生き方らしい」と、述べている。
それからすれば、昔から隠居ということになる。目先、不自由でない位の金と、有り余る時間が人生を通してあった。
足らなかったのは、それを使うほどの能力。 事業人生の結果は、自己精算に近い事業整理で終わったが、充実感が残った。
それは、有り余る自由な時間に恵まれていて、事業も生活も趣味も楽しんだ手応えが残っているから。そう思うしかないが・・
・・・・・・
4179, プライドと自尊心と虚栄心
2012年09月04日(火)
* 「プライドが高い」「誇り高い」「自尊心が高い」の違いは?
言葉のイメージとしては良い順に ・自尊心がある ・誇り高い ・プライドが高い になる
ー 哲学者の池田昌子は、このへんのことを解りやすく説いている。 (ー14歳からの哲学ーより)
≪「自尊心がある」はプラスを含んだ言葉で、「プライドが高い」は自分の弱さをカバーするための防御する気持ちである。
自分がしていることを自覚できるのは、それについて考えられる精神を所有している人間だけ。精神は自分を自覚する。
精神としての自分を自覚する。そこで精神にとって精神よりも大事なものはないと知る。なぜなら、精神としての自分にとって
[5]続きを読む
09月04日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る