ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393718hit]
■4512, 閑話小題 ーつれづれなるまま
―つれづれに―
人生も、あと二年もしないうちに古希。杜甫の詩、「人生70 古来 希なり」の年齢になる。後悔も、満足感もさしてない。
人生の終わり間近には必ず後悔の念に支配されるという。 実際に、こんな時代の断層を経験をするとは思いもよらなかった。
それと地球の絶景をこれほど多く見ることが出来るとは・・ 日進月歩の情報端末の進化が、日常生活を変えるとは・・
終戦直後に生を受け右上がりの時代を40歳半ばまで経験し、その恩恵を受けた。 そしてバブル崩壊と、9・11テロ、
リーマンショック、2011年の東北大震災、の三つの経済・自然震災で、世界が更に変わった。それがあっても良い時代であった。
団塊世代の一年前に産まれ、時代の恩恵を十分に受けてきた。 バブル崩壊と、新世紀21世紀の時代変動の中で、何とか
ソフトランディング?が出来た。「時代のめぐり合わせが良い世代は、最後までハッピー」という説がある。
現に同年代の人たちは、大方が恵まれていた。 2歳から10数歳年上の兄姉達を見ていると、戦前・戦中時代。時代の価値観に
大きく影響されているのが見て取れる。 両親が明治生まれ、叔父叔母は明治・大正時代に、兄姉は、昭和1桁生まれから10年代。
それぞれの時代の大きく影響されている。それからすると、私は「終戦生まれで、高度成長期育ち、最後は、その崩壊で御終いの
人生」ということ。そして、日本の本格的衰弱を目の当たりにしながら最期を迎える。長生きをするほど、辛くなっていく。
ーいま、ドラッグストアが面白いー
最近の中小のSCには、スーパーの横に、必ずドラッグストアが並んでいる。スーパーは生鮮三品を周囲のメイン通路に配置、
挟むように日用品と、袋物食品などを配置している。酒とツマミの買出しに週一、SMと、ドラッグストアに通って二年になる。
そこでは地元スーパーと、全国チェーンのドラッグストアとの非生鮮食品と日用品をめぐる激しい戦いが見て取れる。
更にSCの入口近くに、コンビニが出店、両者の隙間をつく構図になっている。ドラッグストアも、ここで色いろ模索をしている。
近くにある3つのチェーンが同時に、食品コーナーを二倍ほど拡張、98円均一の小パックの単身者向け?コーナーをつくった。
企業規模と、小回りをきかせた、それぞれの特徴を備えた本格的な戦いになっている。 酒あり、生鮮あり、缶物食品あり、
パンコーナーあり、冷凍コーナーあり、である。 消費者も商品と値段に敏感になっている。 県内最大の「コダマ」も、
いつの間にか、全国チェーンの傘下になっていた。これに消費税のアップが控え、小売の最前線は更に熾烈な戦いになる。
・・・・・・
4138, 元始、ママは太陽であった ー1
2012年07月24日(火)
ーある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、のスナック・ママのレポートが面白い。 ーまず、その一部を抜粋するー
≪ 「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのがあったら苦労してないです。スナックのドアが
ああなっているのは、そこが家庭だからだ。「家庭的」じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、ママなりマスターなりと、
常連さんたちがつくる「家」のドアなのだ。ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。
ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。僕みたいな一見の客は、知らない家にお邪魔する人間として
ドアを開け、奥のほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらってもいいですか」とお願いして、「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて
上がりこむ。ちゃぶ台やコタツのかわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も繰りかえせば、知らないうちに
家族の一員になっている、スナックとはそういう場所なのだ。だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、
やたらとバーベキューだのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに行ったりする。どんなに歴史があるところだって、
レストランやショットバーがそんなことをするだろうか。
[5]続きを読む
07月24日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る