ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4387, 暴走老人!
                  「暴走老人! 」藤原 智美 (著)
 「暴走青年、暴走中年?」のように生きてきたので、今さら暴走老人でもない。しかしツアーで関西系は言いたい放題が多い。
特に大阪のオバチャンよりオジサンが図々しいが、最近は関西系老人が目立っている。歳を重ね歯止めがきかなくなったのだろう。 
数ヶ月前に近所を徘徊している痴呆?老人に、傍につかれ怒鳴られ続けられ、殴りかかれそうになった。最近2〜3度、顔を
見たことがあった老人。何か怒りの先をみつけ、毒を叩きつけているようだった。 駅前派出所に届け出たが、怒鳴りでは
事件にならないという。激変する時代から放置された人生に怒り(毒)が蓄積しているようだった。新潟駅前周辺の地元老人に、
こういう人たちを多く見かけた。他人事ではない。酒を飲んだ自分に時々、彼らの影をみてしまう。 ーアマゾンの内容よりー
【 待てない、我慢できない、止まらない「新」老人は、若者よりもキレやすい。現代社会に大量に生み出される孤独な老人たち。
 その「暴走」の底に隠されているものとは? 老人たちの抱えた、かつてない生きづらさを浮き彫りにする。】
 ーレビューよりー
≪ 小説家の著者は、私と同様、日常生活でたまたま見かけたこれら「暴走する老人」たちの姿をきっかけにして、現代の
激変する「時間」感覚、「空間」感覚、そして今やマニュアル化した「感情」に老人が暴走する理由を探るが、あくまでも
「暴走老人」は手がかりであり、本質ではない。著者は、暴走行為は激変する環境に乗り遅れた、あるいは読み違えて「孤立」
した人間の反動的行動と指摘する。つまり、断絶的な世代間ギャップが問題なのではなく、暴走はあらゆる世代に共通する
連続的な現象となりうるのである。感覚がまちまちな孤立した個人間の感覚の衝突は、さながらホッブズのいう
「万人の万人に対する闘争」状態である。しかも、個人を律するはずの常識や規範さえも、日々更新され続けており、
今後も加速度的に拡大していくに違いない。急激な情報化社会が逆説的に孤立を生み、闘争(=暴走)状況を作り出し、
それももはや止めようがないというのであれば、私は生きていくために今後どうすればいいのか、途方にくれてしまう。 ≫
 ▼ 老化は、肉体面では自覚できる。しかし精神面での弛みも出るのである。決して孔子の教えのようにはならない。
  「・・、40にして迷わず。50で天命をしる。60で耳に順う。70にして心の欲する所に従って、のりをこえず」
  ところが、これが真逆になる。「40にして迷い、50でも天命など遥か彼方。60で自分の人生を悔い。70歳にして
  呆然自失で暴走化する」 これが、最近みられる老人である。高度成長期の良き時代に生きてきた世代が、低成長の暗い
  時代に、老人の枠に入れられ情報機器を使いこなせず、取り残され、直ぐに切れてしまい暴走を始めたのである。
  あの歪んだ老人と、理想的な老人像とは、あまりに懸け離れている。この時代は40〜50年の変化は、昔の4〜5百年
  の変化に等しい。その変化に取り残され、一人彷徨い切れる。そういう私も似たりよったり。粗大ゴミの成れの果てか。
 ・・・・・・
4013, 事業生活39年の、独り語り ー2
2012年03月21日(水)
   * 野田一夫教授のこと (20歳の頃ーある教授との出会いー2)
 それまでの、寮とクラブが中心だった付き合いが、この頃から微妙に変化していった。専門課程の三年になると
卒業後が見えてくる。そこでドラッガーを日本に紹介した野田一夫教授の「経営学」を選択した。その授業に驚いた。
≪   2002/02/28 20歳の頃  ーある教授との出会い−2  (随想日記より)
 経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。ドラッガーの訳者である。 忘れられない授業があった。
確か3年の時の6月の初旬あたりである。 講座は「経営学」である。 その時の感激を今でも憶えている。
学生時代の自分の中で色々な内面のビッグバンがあった。 その中で「Aクラスのショック」であった。

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03月21日(木)
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