ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4090, 老いの見本帳ーダークサイト −10
* 老いを受け入れる 「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日 武彦 (著)
60歳前後に初老性鬱病の人になる人が多い。人生に充実感が無く、未練や不満が渦巻いて恨みの気持ちが、世の中から落伍した
感情として被害者意識が生まれる。それが定年などで独りで判断しなければならなくなると、異様な自己中心的いじましい行為が現れ出る。
それは「尊厳を保った肯定的老人」とは程遠い姿である。次の文章は、高度成長期を竜宮城と見立てた団塊世代を浦島とみるとよい。
≪ 【浜辺の煙】 浦島太郎の昔話は、なかなか不気味な物語である。竜宮城における快楽の日々はともかくとして、浜辺に戻ってきたら
様子がおかしい。家々の停まいも景色も微妙に変わり、知っている人は誰もいない。わずか数日を竜宮城で過ごしただけだった筈なのに、
驚くほどの年月が故郷では経過していた。太郎はすっかり世の流れに取り残され、強烈な違和感と孤独感とを味わうことになる。
さらに二段構えの不幸として、玉手箱の煙で太郎は老いさらばえてしまうわけである。 故郷へ帰った浦島太郎を、現代における「老い」の
アナロジーとしてみるとどうであろうか。孤独死だとか家族の崩壊、地縁血縁の希薄化といった問題はあるいっぽう、今や「老い方」を
知らない世代が雪崩を打って老いに突入しようとしている。エレガントな、ナチュラルな、さりげない老いの作法や見当すらつかないものの、
それこそ数を頼んでどさくさまぎれに「これが今どきの老人だ!」とばかりに、賑やかに事態を乗り切ってしまえそうな気もするのである。
ストーンズだってとっくに六十歳を過ぎてるぜ、といった調子で。つまり老いに孤独や寂蓼感はつきものだけれども、考えようによっては、
結構アナーキーなノリで老年期に身を投じられるのではないか。そんな妙に楽観的な気分もどこか心の中に居座っているのである。だから
独りで浜辺に停む浦島太郎のイメージに、我々自身は重ならずに済むかもしれない。その一方、玉手箱の恐怖の方が我々にはリアルではないか。
玉手箱なんか開けなければいいだけといった話ではあるまい。生理的な老化のみならず、諦めや気落ちや悲しみや絶望が、玉手箱の煙となって
我々を老け込ませる。アンチ・エイジングなどと称して誤魔化そうとしても、玉手箱の煙は我々の心の中にまで染み込んでくるだろう。 ≫
▼ 浦島太郎の教訓は、時代の現象に浮かれ、飲めや歌えで生きてきた人が、何かのキッカケで自分の老いに気づかされ、
周囲を見渡すと若いときの友人は亡くなっていて、独り残されていた現実に呆然とする、ということ。あの玉手箱と、ケムリは
何の例えだろうか。玉手箱は、それまで生きてきた時空での行蔵、煙は時間?だろうか。
・・・・・・・
3724, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー 〜①
2011年06月06日(月)
『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
10数年ほど前に読んだ本だが強烈な印象が残っている。 軽そうな題名だが、内容は重厚で味がある。
全米1の弁護士が書いた「議論の勝ち方というより人生の勝ち方のセオリー」の本。アメリカ的プラグマチズムとして読めばよい。
しかし、生の法廷の中で勝ち抜いてきた人生のセオリーの凄みも見逃せない。とにかく、面白い本である。 4〜5年に一度の割りに
三十数年来の友人が、人生の大きな分岐点の決断の問題や、経営上の深刻な悩みを持ち込んでくる。私の場合、自分のこととなると何?だが、
ひと様の事となると、冷静な答えを出すことが出来る?と自負をしている。学生時代の武澤ゼミの特訓と百数十回以上のセミナーの蓄積もある。
数年前も、「実は現在、属している会社が吸収合併した会社のことで裁判沙汰になる。 自分は現在、その専任になっているが、
どうしたらよいか助言して欲しい」とのこと。「2〜3千万レベルか、数億レベルか、それによって私の聞き方と答えが違ってくる?」と言うと、
「もちろん後者で、前回、そこを買収するときに相談をしてもらったが、その買収後に派生した問題」とのこと。これ以上は書けないが、
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06月06日(水)
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