ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3456, 渥美俊一氏死去 −2
一回の追悼文で終わる予定だったが、何か言い足りないので更に書く。
7月21日に亡くなったが、どういう訳か死亡記事を見過ごしてしまった。知人に聞くと日経新聞に小さく載っていたという。
氏の業績から言えば、より大きく取り扱われてよいのだが、既に時代が変ってしまったか? 所詮はスーパーの神様でしかないのか。
早くいえば、流通先進国アメリカをウォッチング、そっくり真似をし、日本の遅れている流通経路に新しいバイパスを創りなさい、
ということである。「大量生産、大量消費の間に、大量流通の仕組みつくりを、それぞれの立場で、新業態をつくること、
それをロマンとして志すべし」は、高度成長期には正しいことであった。その時期、ジャスコや、いとはん(その後、北陸ジャスコ)
に勤めていたので、濁流の渦で色いろな現象を目の当たりに見てきた。そしてバブル崩壊。以降、今度は激しい生存競争に晒される。
その中で、長崎屋、マイカル、ダイエー、西武流通グループなどが次々と姿を消していった。 大手で残ったのがジャスコ=イオン、
ヨーカ堂だけになってしまった。 その二社も最近、変調をきたしてきている。ジャスコは、大型の郊外型SCの過大投資が重荷に
なって経営を圧迫。 ヨーカ堂も旧態のGMSの整理が遅れている。コンビニのセブン・イレブンが親会社のアメリカ本社を逆買収、
それで何とか、息をついている始末。 悪いことに西武百貨店・ソゴウをグループで買収したことも、大きな問題に発展するだろう。
そうこうあり、ペガサスの会員企業も三分の二に減ってしまっていた。 今後5年〜10年スパンで、情報化の浸透で、ネットが
流通業の根底からの破壊が劇的に進むと見られる。中抜きの一番のターゲットが、大型店舗になるからだ。
その一つの事例がアマゾンである。私自身の書籍の購買の三分の二がアマゾンになっている。音楽も、ネット販売が主流になっている。
それらの変化を、氏は理解できなかっただろう。 ネット販売が、コンビニや、百貨店の売り上げ総額を上回った事実を氏は、
如何のように見ていたのだろうか。 それにしてもセミナーでの、あの熱気ある言葉は迫力があった。
・・・・・・・
3081, 第三の場所
2009年09月11日(金)
我われは家と職場だけでは息がつけないので、行きつけの居酒屋やスナックをつくり、学生時代の校友会や、
気の合った飲み友達の会などの自分の世界を広げる。その他にもスポーツクラブやゴルフの会にも参加したりする。
それがレイ・オルデンバーグがいう「サードプレイス(第三の場所)」である。
「サードプレイス」とは 家(必要不可欠な第一の場所)と 職場(必要不可欠な第二の場所)に加え、
都市に暮らす人々にとっての「必要不可欠な第三の場所」を意味する。 オルデンバーグは「サードプレイス」の代表例として、
イギリスのパブ、フランスのカフェ等を挙げ、それらが自由でリラックスした雰囲気の対話を促進し、都市生活における良好な
人間関係を産み出す重要な空間であるとする。 その特徴を「インフォーマルでパブリックな営み」を促進する場としている。
インフォーマルとは社会的立場を脇に置くことであり、パブリックとは仲間がいて協調する場をいう。
第三の場は、年齢とか趣味で個々の組み合わせが変わってくる。
私のベースは、居酒屋・スナック+秘・異郷旅行+図書館・読書+早朝のウォーキング+新幹線通勤の車中などである。
誰もそうだろうが、私も学生時代から現在まで、第三の場所を直ぐに創る習性があった。 家が商売をしていて
大家族だったこともあり、自分の世界を創るしかなかったのである。但し中・高校時は、その余裕は全く無かったが、
その分、大学時代に一挙に爆発したようだ。 ところで8年前にパソコンを始めて、HPを開いてからネットが
第三の場所の一つに加えられた。 もしかしたら第四の場所? いや、第三の場所か??。
サルトルは、その一つとしてパリのカフェの一角で多くの友人とサークルを作り、オープンな議論をした。
そうこう考えていたら、人生でみると学生時代が第三の場所だったような気がする。第一の場が両親の影響下の家庭、
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09月11日(土)
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