ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3457, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー8
* アフリカに魅せられて ー2
以前にも書いたが、ケニアのマサイマラにあるマラ川のヌー河渡りが圧巻だった。
「ヌーの河渡りツアー」に参加したのだが、10人のツアー仲間とサファリのプロの日本人がつく。
サファリカー二台に分譲して、マラ川の近くで、ヌーとシマウマの群れが集結するのを待つ。そして、遥か彼方に
集結するのを発見すると、気づかれないように近づき渡る瞬間を待つ。30分、一時間は待たされる。そして次の瞬間、
地響きをあげて川に飛び込む。 それを隠れ潜んでいるワニが力強いあごでヌーやシマウマに襲いかかり、水の中に引きずり込む。
そこは生と死のドラマが繰り広げられる。それが緊張に満ちており、感動的である。それまでTVで何度か死闘を見たことがあるが、
生(なま)の現場でみると迫力が全く違う。 河渡りの途中に襲われ、一度水中に引っ張り込まれたシマウマが最後に、
ワニを振り切って生還する場面が圧巻であった。 また、渡りきった後に、水辺から上に登ろうとするが、
力尽きて河に流されていくヌーと、力を振り絞って何とか登りきるヌー。 それを近くの藪の中から見るのである。
正に生と死のドラマの真っ只中で見る。 アフリカのサファリに魅せられるのは、生と死の狭間で動物が大自然の中で生きている
エネルギーが直に感じることが出来るからである。 動物園内のライオンやシマウマと、野生のそれとは全く違うのである。
最近、Youtubeで、ライオンなどの狩りの撮影が投稿されているのを見るが、これも迫力がある。
私が参加したチームの6割がリピーターで、ヌー・クラブをつくって東京で会合を開いているという。
都会生活に疲れ、癒しを求めているという。 「オンリー・ユー」をかけて「オンリー・ヌー・クラブ」とか。
ここで、驚くべき場面に出くわした。 現地のジープのドライバーが60歳近いシングルの女性に、自分を買わないか?と、
人が居ないところで言っていたのである。 本人は断っていたが。 更に金持ちそうな人にドライバーが家を買ってくれと提案された。
一軒が30万で買えるので、年に一度来たときは、家賃とサファリを差っ引きに出来るし、別荘をケニアに持つことが出来るからと、
真剣に考えていた。マサイマラに30万の別荘といえば、面白いといえば面白いが、トラブルの元になるのは火を見るより明らかだが。
ヌーの川渡りも一度で充分だが、それでも強烈なサファリである。
・・・・・・・・・
3082,対話とは何か
2009年09月12日(土)
以前から新入社員教育でST訓練を取り入れていた。 会話しか経験のない20歳前後の新人に、
基本としての対話を教えるもの。 この元となる書を四十年近く探していたが、先日、偶然ネットで見つけたのである。
「ダイアローグ 対立から共生へー議論から対話へ 」デヴィッド・ボーム (著), 金井真弓 (訳) ーである。
さっそく注文をしたが、前の会社を含めると30回前後の訓練をしてきた。
これは訓練をされる方より、指導するほうが勉強になる。 驚くのは若い人が、この訓練をすると見ちがえるほど変化する。
相手が何を言わんとしているかを把握して、今度は自分の考えを言葉にして相手に伝える基本中の基本である。
学生時代に武澤ゼミで一年間、15人位のグループでみっちり鍛えられ、更に金沢の新人教育で罵声の中で鍛えられた
経験から、見よう見まねで指導してきた。 そして30年近く、自分が一番得るところがあった。
相手の話の筋道を聞き取るのは当たり前と思うが、私の知るところ3割もいない?。
一度、自分の脳の中に言葉としてインプットして、こんどは相手に向けてアウトプットするのは、厳しい訓練か、
ハードな上司に鍛えられないと出来ないのだろうか? 哲学者の池田晶子が、その著書で
「対話とは、普遍の理性によって、個別の事柄について、その理非曲直を論じ合うことである。
それは相手が誰とかは関係なく、原則に貫かれるべきことである。」と述べている。
−そこでネット検索で「対話」を入れて調べてみるとー
対話(ダイアローグ)とは、「ダイア」(通る・流れる)と「ロゴス」(意味・言葉)
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09月12日(日)
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