ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395338hit]
■3205, 古町の衰退
大和百貨店の撤退、書店の北光社の閉店と、新潟のダウンタウン古町の衰退が問題になっており、
その連載が地元紙・新潟日報一面で「古町 揺れる灯」として連載をされている。
ダウンタウンの地盤沈下を今さらの問題だが。 郊外には大型SCが多くでき、互いに凌ぎを削っている。
更に、駅には駅中専門店街が次から次へとオープンしている。 その中での衰退は当然である。
私事になるが、年に4〜5回行っていた古町には、去年は一度も行かなかった。
タクシーの往き帰りが勿体ないのと、不況の中、飲む回数も減っている。
日報の記事は10回シリーズだが、何か哀愁に満ちた内容。 スナックが酷いとは聞いていたが、
15〜6年前に450軒あった飲食店が、現在は250軒になって日ごと客数が減っているという
スナックのママさんの悲鳴がインタビューであったが、この数ヶ月でも多くの店の閉店するはず。
私の住居のある長岡でも行きつけの店は何処もかしこも深刻で、かなりの危機感。
齢もあろうが、レンタルショップや、ブルーデイに録画をした映画、音楽、ドキュメントを
自宅で酒を飲みながら見ていた方が、ずっと価値がある。 これも情報化の一現象か。
「酒場放浪記」という、居酒屋の店内に自分があたかも居るような錯覚をしてしまう番組もある。
それと、以前のように場を盛り上げるプロのママやホステスが少なくなってしまった。
恐慌の中で、まず弱いところからマイナーの現象が表面化してきた、ということか。
その中で、駅中の商店街だけは活況をしているのは、如何いうことか。
・・・・・・・・
2009年01月13日(火)
NHKの日曜日大河ドラマ「天地人」で、若き直江兼継が修行した「雲頓庵」が舞台になっている。
雲頓庵を思い出しながらみているが、何度か隠れ屋的に通ったことが青春時代の一ページとして残っている。
特に当時、80歳半ばの怪僧の新井石龍禅師の思い出は鮮烈に残っている。
以前、社内報で書いた部分を紹介してみる。
ーS63・05 新井石龍禅師に学んだ事 ー?
学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、
六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在していた。
度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会があった。無知と若さの為に生意気な質問をした私に、
いつも笑顔で答えてもらったことが、今では懐しい思い出になっている。京都大学哲学科卒で、気持ちは若い。
女性で何度か失敗して、その世界では登りつめることが出来なかったと、両親から聞いたことがある。
まだ鮮明に憶えている対話とは、
(私) −禅とは一言で言うと何ですか?
(禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。 ー 示単
社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの雲頓庵の禅師との対話。
(私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづくわかりました。
(禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。
世間も理屈もあるものか!(厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
後者の言葉には頭を真二ツにわられてしまった!というのが実感だった。
頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたきこわされ、
社会人の一員に一歩踏み入った瞬間だったことを憶えている。
ー以下は、当時の日記であるー
ー1968年 雲頓庵 9月10日
7時5分起床。 掃除に食事、9時半より11時半まで勉強! その後に、長岡の明治大学の1年の田村君と話す。
3日まえにやはり勉強の為に来た男だ。夕食後7時半より、午前様と「神」について話す。 午前様「一という数字はあるが、
一という実体はない。それを一といえば一であるが、一でないといえば一でない。 一は万物であるともいえる」
「人間は実体だけでない、魂であり、永遠的なものである。全ては生き続けている。」
デカルトの「我思う、故に我あり」の言葉を引用された。
[5]続きを読む
01月13日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る