ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3040,卒業40年周年か〜 −4
 
 昨日届いた、この手紙を本人の了解無しに公開すべきかどうか一日かけて考えた上で判断をした。
私の40年ぶりの問いかけに充分に答えてくれた手紙で、自分の人生を心を込めたダイジェストとして
書かれた手紙を貰うのは初めて。私一人の心におくより、ここに記しておく方が良いだろうと
勝手に判断させて貰った。  ‘学生時代の卒業間近に真剣に対話した延長線上’の手紙上の対話
だから魂が入ったのだろう。それとキャリアの転勤生活で鍛えられた人生の極みの経験の積重ねがある。 
学生時代の友人との対話というより、高潔な精神と魂の対話をさせて貰ったような気持ちである。 
 私にとって一期一会の対話になった。 それだけ良い学生時代を過ごしてきた証明にもなる。  
  ーー
* 奥野君からの手紙
  
お懐かしい堀井さんのお便りを頂戴し学生時代の記憶が一気に甦りました、
 本当にお久しぶりでございます。合気道の道場、同志社や学習院への合同稽古、
合宿打上げ時の泥酔・不味い学食・ご自宅に泊めていただいての佐渡旅行等々
四十年前の皆さんのお顔と行状のあれこれが懐かしく浮かんで来ました。
 堀井さんは当時から将来は事業家の道を目指して行くのだろうなと私なりに思っていました。
どうして?と問われれば・同僚に比べて社会経済の出来事への関心が強かったとお答えします。
その方向に真直ぐに進まれたのですね。しかも大成功されて本当にすばらしいですね。
プログも拝見させていただき堀井さんの人生の一端を垣間見ました。暖かな生活が伝わってきました。
 その後の小生ですが資生堂に入社し最初の赴任地名古屋をスダートし所沢、福岡、東京、札幌、仙台、
名古屋、広島、東京、仙台と転勤族の暮らしを送り、56歳時に早期退職をして現在地に居を構えました。
最終の役職は支店の責任者でした。50歳台に入ると親しかった先輩、同僚、後輩等が次々と鬼籍に
入られるようになりその方々の浬繋のお顔を拝む都度、 一度の人生を思うように生きられましたか、
満足されていますか という思考が強くなってきました。 
仕事は化粧品の製造、販売業務なので二十歳前後の若い女性が多く気持は若く、楽しく送れた自負しています、
が人生の残り時間があとわずかになってきたと感じ始めると、時が無性に愛おしくなり、
100%の自分の自由時間をはやく手に入れ、日ごろより感じていた、生物として本来の姿、
自然の中で自然と共に暮らそうと決めた次第です。
 日常生活は太平洋の日の出をワンちゃんと一緒に拝み作った野菜を食し蔵王連峰に沈む夕陽に
1日の健康を感謝する毎日です。
 趣味は海釣りとゴルフです。自宅のすぐ目の前が海です。阿武隈川の下流域にて魚影が濃く、
黒鯛、サヨリ、ヒラメ、カレイ、海タナゴ、アイナメ、スズキ、ハゼ、イシモチ、アナゴ等々を
釣ってきては命をいただく感謝をしながら食しています。季節とともに変わり行く波と風と海水の濃淡をみて
釣り時をきめます。時の刻みが止まっているように思える一時です。
ゴルフはシーズン30-40回といったところです。自己目標が年1回以上30台のスコアーをだすということでやってます。
ちなみに今季は5月に38が出て満足しています。
 家族状況ですが29歳の時妻を娶り子供は息子が一人です。 妻は若かりし時準ミス瀬戸で容姿は
それなりだったのですが6年前に○○○○を発症し・・・。
最新治療を受診しているのですが○○疾患の為大変厄介な病気です。 現在私のサポートが少々必要な状態です。
 そんな事情で立教会や同窓会といった宿泊のともなう集いは参加を断念しています。
息子は堀井さんの八と同じように名を新八(しんばち)といいます。 
丸の内の○○生命国際投資部で海外債権の売買業務に携わっています。平均睡眠時間は4・5時間との事です。
親より出来がよかったのはカミサンの弟が岐阜大の教授をやっているのでそのようなDNAをすこしばかり
ひきついでくれたのかなとおもってしまう親馬鹿です。
ざっとした近況ですが一献傾けながら積もる話をしたいと思いつつ先の事情でそれもかなわず拙文とあいなりました。

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08月01日(土)
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