ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395565hit]

■3039,「自信を与えてくれた人」
 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。  世の中には心を打つ色いろな出会いがあるもの。
本人にとって何にも替えがたい自信になったろうし、前向きにさせてくれる出会いである。
ネットで調べたら、この人の漫画は何度も目にしたことがあったが、軽妙な暖かい人物像を描いている。
その「元気を与えてくれた人」は、数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。
 その絵に感動し十五年後に買い求めた人と、その絵を見てみたいものである。
  ーー
《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。 私は数寄屋橋で風景画を描いていました。
ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころです。 私の描いた油絵を、大勢の人が見て通るんですが
一人だけ、三十分も一時間もそばで見ている人がありました。 そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。
そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。
 「あなたは忘れているかもしれないが、私はあのとき住所をたずねたものです。あのときとてもあなたの絵がほしかった
のだが買えなかった。 こんどようやく家を新築したので、ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容でした。
その頃のぼくの絵なんか売れっこありません。 その絵はチャンとぼくの手もとにあったんです。
しかも、何度もぼくは住所を変わったんで、その人は苦労して見つけてくれたに違いない。 ぼくは感激しましたね。
さっそくその人といっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司
 《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。
   むかしテレビ番組「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》
  ーー
 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の1971年頃の文章になる。
絵を描いていたのが、その20年前というから1951年ということになる。 岸恵子の『君の名は』が1953〜54年だから、
その二年前に数寄屋橋で絵を描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。
 この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。

 ・・・・・・・・・
2008年07月31日(木)
iPoneについて

いずれにしても、これは凄い。
少しオーバーに言えば1〜2ヶ月で、私の中の何かが変化するだろう。

 情報機器を幾つか持っている。そのお陰で
・パソコンでインターネットを楽しみ、「お勉強」もしている。
・デジタルカメラを常時、鞄に入れて歩いているし、散歩にも持っていく。
・2千曲入力してあるiPodも持ち歩いている。
・携帯電話を身につけている。
・会社の机の前と、自宅の居間の机にもiMac(机上型のパソコン)が置いてある。
 それが全て、携帯電話を少し大きくした、このマシーンに入っているである。「それなら、携帯電話があるじゃないか」
というが、これはパソコンを基点としている。 超小型パソコンに、多くのデジタル機器の機能が
入っているのが凄いのである。更に、GPSナビゲーションまで入っている。
 
 新聞や、マックのHPで、このデモンストレーションの映像を見たり、モーニングショーでキャスターが操作をしているのを
 見たが、自分の手にとって腹を据えてみると、その凄さと深さが見えてくる。 半年前にiPodを実際に使ってみて驚いた。
 手持ちの200枚のCD(2000曲)が、マッチ箱位の薄いマシーンに、全て入ってしまった。
 パソコンに一度入力をしてしまえば、何時でもマッチ箱に出し入れ自由である。
 ところが、それさえも、このマシーンは機能の一部として入っている。
 いま一つ、タッチパネル+ワイヤレス+超小型の総合効果が、パソコンのストレスを大幅に減らしている。
 このストレス・フリーが最大のネックである。 
 携帯電話が、固定電話から我々を解き放ってくれた。それと同じことが、今度はパソコンでも起きている。
 大型コンピューターがパソコンになり、ノートパソコンになり、モバイルパソコンになり、今度はこれである。

[5]続きを読む

07月31日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る