ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3038,明日になれば何とかなる!
これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。
そして長い人生で色いろ経験して分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。
で、今は問題の中心から目を外さないこと。 明日は、明日の風が吹く。今心配しても、
今心配している範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」である。
「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、何か心に迫ってくる。
創業時の不安感は、底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。
そういえば一休の逸話があった。
一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。 そして・・・
「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。
それまでは絶対に開けてはならない」と遺言し、遷化されました。
何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。
弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。
そのとき、一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。
一巻目・・・大丈夫 二巻目・・・心配するな 三巻目・・・なんとかなる
それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。
「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。
「なんとかなる」だけではなく、人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。
19才でライ病発生以来深刻な体験をもとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。
《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定してそれに
到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。 私の日々の努力は、
実にこのあきらめと戦うことである。あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。
というよりも、あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。死んで勝ということは絶対にないが、
しかし死んで敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より)
絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。
明日になれば何とかなると、何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの?
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2673, iPhoneは、超小型パソコンだった!
2008年07月30日(水)
(っ´Ι`)っ { おはよう
一昨日、iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、
手続きに二時間もかかってしまった。 購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら、
「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、
何だろうかと? 私が玩具ではないか?というと、そんな軽いものじゃないと反論された。 そりゃそうだ。
私の現時点の判断は、「ポケットサイズのタッチ式超小型パソコン」である。
超小型のため、身体に密着できて、タッチで情報を瞬時に呼び寄せることが出来るところがミソ。
それに音楽が数千曲も入力でき、電話が出来て、インターネットもできる。
カメラや、携帯電話機能は、多くの機能の一つでしかない。現行の日本の携帯電話は、各メーカーが競って
色々の機能を付加していったもの。そのため、その多くは使われない。平均5?の機能しか使ってないという。
ボタン・キーは他に無いので、慣らされ使っているだけのこと。
この中の機能で驚いたのが、みたい部分を二回、指で叩くと拡大する。これで小さい画面のデメリットを
カバーしてくれる。よく考えたものだ。ただ、文字入力が慣れないせいか、躊躇している。
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07月30日(木)
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