ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2977、父親の37回忌に
 
 今日は父親の37回忌。亡くなって、もう36年になる。
命日に何度か父のことを書いたが(後でコピー)、テーマにすることが供養になると思い書いてきた。
父親のことを考えると、自分とは何だろうという哲学的な問いになる。私の場合は特に父親の影響が大きかった。
誰でもファザコン、マザコンだが、父が43歳の時に産まれたこともあった。 そのために幼児から少年期の記憶で、
父の所業が多く残っている。 母親は仕事の前線に立っていたので、父が何時も私を連れて街の何処かにつれ歩いていた。 
その為に父が亡くなるまで、その影響は大きく、27歳で亡くなった時に初めて精神的に独立をすることが出来た。
(同時に結婚をしたこともあるが)
父が私の年齢(63歳)の時に、私が20歳だったが、その時の父は元気溌剌だった。
時代は昭和41年(1966年)、高度経済成長期真っ盛りの時期。 その時代と現在を比べると、その段差には大きい。
まだ日本中が坂の上の雲を見つめて、急成長の頂上にいた。 父は明治38年生まれで、家を中心に常に考えていた。
父の頭の中は戦前、戦中、戦後の経験が重なっており、そのことを事あるごとに話をしていた。 
特に長岡の戦災体験は生生しく残っていたようだ。  また戦後の時代の流れの激しさに焦りを感じていた。
ソ連も、昭和40年代が絶頂期で、まさか20年あまりで消滅するなど、考えられなかった。
また、アメリカもその後20年もしないうちに、壊滅的経済破綻になるとは・・・・
父を思い出すというより、父の視線で世の中の変化を見ている自分がいる。
命日に父のことを書いた文章を読んでいると、父の影響が大きく自分に影響していることがわかる。
その枠を破壊できなかったのか、それとも、それはそれで私らしさで、そのまま結構なのか?
いや、出来の悪い1・2代目でしかない。 しかし自分の心に誇れる父を持てたことは幸せである。 
 それに引き換え私ときたらまったく? 今さら、どうもこうもない。
   以前、父の魂が自分の魂と合体したような不思議な夢について書いたことを思い出した。
    その辺のことを書いた文章をコピーしてみた。  さて墓参りである。
  これだけ毎年のように書いていれば、下手な法事より供養になるだろう。
   ーー 
2003/04/25
 不思議-シンクロニシテー

 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、
過去15年以上を散歩をしているコースで初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。
 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、その下を通ってきたのだ。
曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論はじめてである。
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、納棺の時間が偶然に一致したのだが。
死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。
 涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。なら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。人知のはかれない何かがあることは間違いない!
 ー以前書いたものをコピーしておきます。
   ・・・・・・・
H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。

死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。

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05月30日(土)
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