ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2950,人はどうしてオヤジになるか?
『疲れすぎて眠れぬ夜のために』 内田樹著の《人はどうしてオヤジになるか》の問いかけが面白い。
この文章を読みながら( 私は「オヤジ」かどうか?)を内省してみた。
オヤジといえば、オバサンである。現象に大きく左右され、考えることをしない両性化した生き物。
オヤジも長年かけて自分でつくりあげる生き物である。
常に自分の中で肥大化しようとしている化け物として、監視しておかないと・・・
ー まずは、その部分から ー P・20
人の誤解のうちに最も危険なものの一つは「不愉快な人間関係に耐える能力」を人間的能力の一つと思い込むことです。
その耐性はむしろ有害であり、命を縮めることの方向にしか作用しません。「耐える」人の場合は、「耐えること」が
自己の中心にあります。それ以外のことは「耐えること」のために総動員されます。
「不愉快な人間関係に耐える」というのは、人間が受ける精神的ダメージの中で最も破壊的なものの一つです。
世の言う「中年オヤジ」というのは、この耐えることが劇的に人格化されたものといってよい。
会社で上司の罵声に耐え、部下の暴言に耐え、クライアントのわがままに耐え、満員電車に耐え、
妻の仏頂面に耐え、セックレスに耐え、子供の軽蔑に耐え、巨額のローンに耐え、背広の綻びに耐え、
全身これ「忍耐」からできているのが「中年のオヤジ」という存在です。
人生のある段階で、(たぶん、かなり早い段階で)不愉快な人間関係に耐えている自分を「許す」か、
あるいは「誇る」か、とにかく「認めて」しまったのです。そして、その後、「不快に耐えている」ということを
自分の人間的な器量の大きさを示す指標であるとか、人間的成熟の証しとか、そういうふうに合理化してしまっている。
蟹が甲羅に合わせて穴を掘るように、人間は、自分でつくってしまったパターンに合わせて不幸を呼び込みます。
「不幸に耐えている自分」を「器量の大きい人間」と勘違いをしたら、もうその後の「オヤジへの道」は一直線である。
そういう人は不愉快な人間関係だけを選択し続けることになります。本当にそうなんです。
ーー
以上だが、八割の人は、この「耐え人」の人生を過ごしている?
自分の人生を振り返って、一番良かったことは何か?と、考えた時に、
「事業を立ち上げ、一度も営業赤を出さないで何とかやってこれたこと」(今年度からは??)
「装置産業のために時間が充分にとれたこと」
「両親と、連れ合いと波長があったこと」であった。 その結果として、
「不快な人間関係に対し最小のエネルギーで済んだこと」である。
オヤジ化は自分で気づかないから、
なおのこと他者からみたら《モンスターオヤジ》化しているのだろう。
・・・・・・・・・
2586, 日本の貧困率 ワースト2
2008年05月03日(土)
ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
先日、Wowowで観た映画『しあわせの力』という映画。
ウィル・スミス演じる主人公が貧乏のどん底から成功者への階段を上っていく内容だが、
その大部分が「すべり台社会」を滑り落ちていく内容。 リアルで他人事に思えない内容である。
地下鉄のトイレや、教会の施設に並んで泊まったり、子供が一緒だから尚のこと引き込まれてしまった。
実話に基づいた内容だから、迫力があるのだろう。 黒人のセールスマンが収入が無くなり、
奥さんに愛想をつかれ子供を置いて出て行く過程など現実的である。そして、最後はホームレスになる。
這い上がるのは無理という状況から主人公が成功を掴んだ要因は、【息子への愛】と、どん底でも諦めない執念。
何か身につまされる内容であった。 人生で、何度もすべり台に立つ瀬戸際を経験した。
一つの判断が致命傷になる、それが創業ということ。
たまたま昨日から朝日新聞で「ルポにっぽん」が始まった。
初日は一面トップ扱いで、
「39歳 全財産100円」?細切れ雇用食いつなぐ生活ーで、深刻なワーキング・プアを二人取り上げていた。
この中でNPO法人「自立サポートセンター・もやい」の事務局長が、いまは、「すべり台社会」で、
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05月03日(日)
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