ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2428, 自分を理解するため他者・コンピューター −2
才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
 
人間と動物とが共通に有している能力よりも、知的・理性的側面が、
人間固有の特徴として逆照射されたが、今度は特有の特徴を凝縮したコンピュータから
人間に向けて照射したら何が浮かび出るのだろうか。 
この数日、コンピューターから人間を照射した、動物と人間の差異は何か?を
自分の頭で色いろ考えてみた。 
・喜怒哀楽の激しい感情、
・欲望の過大性、
・自らの知恵で環境を変える能力、
・考えることを考えるー哲学をする能力、
・新たな他者としてのコンピューターを使い、支配する能力、
・言葉を持ち、それを書き写す能力、 
・自らの意思を持つ能力、
・自らの神を創造する能力、
を持ち、それ故に自ら自然界を道連れに消滅する宿命を持った動物である。
 まだまだ幾らでもあるが、私が今考えた「動物と人間の境い目」である。
 そうこう考えると、やはり動物とは違う存在である。
 
 更に人間は、この新たな他者を爆発的に発展させ、自らの周辺の環境に
 融合しだした。これが良いにつけ悪いにつけ、次の大きな問題になってきた。
 世界が一変しだしたのである。
 
  −前回のレポートの続きである。
   ーー
 *現実感を変えるバーチャル・リアリ一アイ  ーコンピューター
                           黒崎政男(哲学者)
そして、今日では、コンピューターと哲学をめぐる聞題群はさらに広がっている。
1980年代から始まったコンピューターのパーソナル化は、予想を超えた速度で進行し、
コンピューターはあっという間に個人的生活の内部にまで浸透した。
コンピューターは、もはや、われわれに脅威を与える他者という遠い距離に留まるのではなく、
完全に環境としてわれわれを取り巻くようになった。 そしてさらに、コンピューターと
われわれの関係はさらに密接になっていき、〈われわれの外部としてのコンピューター〉
という性格さえ危ういものとなっていく可能性が出てきた。
つまり、現在さまざまな形で間題となっている〈バーチャル・リアリティ〉である。
われわれわれは、今やそれをわれわれの身体の一部として、あるいは頭脳に一部として
組み込もうとしているわけである。

その意味で、人問とコンピューターとの結びつきは、もしかしたら、
着実に進行しているのだろう。それは、脳に直接機械を埋め込むという、
ミンスキー教授が言うような原始的な方法によってではないかもしれない。
われわれの環境が、電子的に媒介された映像などで満たされていくとき、そして、
人々のコミュニケーションがほとんど電子的な媒介によって営まれるようになったとき、
われわれの現実感の変容という形で、それは進行していく。

コンピューターは、人間とはなにか、を逆照射してくれるあらたな他者として、
今日、きわめて意味深い存在者なのであるが、今後、人間は自己規定をどのように遂行
していくのだろうか。 あくまで、人間性にこだわっていくのか、それとも、
そんな課題は放棄してしまうのか。 興昧は尽きないのである。
 −−

10年先、いや5年先さえ、想像すらつかない変容が待ち受けている。
 それを見るだけでも現代に生まれた良かったと思っている。
ヽ(。・c_,・。)ノ バイ
・・・・・・・・・
2006年11月27日(月)
2064, あたりまえなことばかり −15
           o( `▽´ )Ψオハヨウ!           
  7歳の頃、一番上の兄が死んだ時に姉に「死んで兄ちゃん、どこに行ったの?」と聞いた。
  そのときの姉の答えは、「白い馬になって、空の上の昇っていたいったのよ」であった。
  数日後、兄が白い馬になって空に昇って行った夢をみた。
  子供ながらに、その時の両親と兄・姉の悲しみは敏感に感じ取っていたのだろう。
  こういう経験を重ねて、死は怖いもの悲しいものという先入観が植え付けられたのだ。

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11月27日(火)
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