ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2395, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー3
             *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
   戸塚の幼児・少年期の教育論は、自分の経験を省みると一つ一つが、よく解る。
   そのプロセスを飛ばした部分は青年期になってから、その数倍も跳ね返ってきた。
   反面、彼のいう躾や見えない指導は両親からシッカリと仕込まれてきた。
   片親の場合や、父親が軟弱の場合に指導チェックが行われない可能性が大きい。
   やはり理想をいえば小学校時代までは、両親の深い愛情と、躾が必要である。
   両親から5〜6歳の時、こっ酷く殴られたことが何回あった。
   但しそれ以降は一切なかった。 さすがと思ったのは、大學に入ると同時に一人前として、
   人格の尊重をするようになった。 多くの子供を育てて経験からの知識であろう。
   神谷 美恵子の本にあった人生の諸段階にそって導いていたことになる。
   道理にそれほど差がある訳がない。
   子供がまともに育てるには、それなりのステップが必要ということになる。
   「出来ちゃった婚」など、生まれ出る子供からしたら「ふざけるな!」である。
   その時点で・・、 これ以上書かない方が良いか・・

 ー彼の幼児期の教育論の部分を抜粋してみる。 
  ーーー
 *体罰は三歳から小学生いっぱい*

では、子供たちのどの時期に何をすればいいのか。
それが善でも、もちろん施すにはそれぞれ時期がある。
年齢に応じたやり方があり、それを超えると虐待になつてしまう。
・三歳までは、完全に保護された状態で肉体と精神が成長していくのが望ましい。
 それこそ包むように育てる。母親が愛情を目一杯注いで、百パーセント保護してやる。
 そうやって体と脳をしっかり作れるようにしなければいけない。
・三歳を過ぎたら、体罰を与え始める。第一次反抗期を迎えてからだ。
 三歳までは成長だが、それ以降は、成長に、進歩という要素が加わってくる。
 成長は目的をもっていないが、進歩には目的がある。
 だからそこからは接し方を変えなくてはならない。
・三歳から五歳ごろまでに体罰をきちんとあたえておけば、その後、必要はなくなる。
 親子の上下関係がはっきりすると、子供は親が自分より圧倒的に強いものだと理解し、
 それゆえ親は自分を守ってくれるとわかるからだ。こういう子供は安定している。
 親のもとにいれば、安心できることを知っている。だから恥をかくことも恐れない。
 したがって進歩もする。進歩する力を身につけさせれば、その後も自律的に進歩を
 続けていくようになる。
・こうした親子の関係は、少なくとも小学校のうちに身につけさせなければならない。
 直していかなければならない。 中学になってからではもう遅い。
 問題行動が始まる中学生になってから直すには、ヨットスクールでやっているような
 厳しい罰が必要となるし、完全には直らない。
 それは彼らが既得権を持ってしまうからだ。それまで殴られたことがなければ、
 殴られないのが当然と思ってしまう。ちょっと殴られても、そんないわれはないと
 抵抗するようになるのだ。進歩の力をつけるのは、小学生のうちしかないのだ。

 体罰とともに次のようなトレーニングも重要だ。まずひとつは、不快を与えよ。
厳密に言えば、子供に不快感を発生させるということ。そしてその不快感から
「なにくそ!」「やってやろうじゃないか!」という怒りの感情を起こさせる。
それは進歩につながる。叱る、恥をかかせる、あるいはいじめも同じことだ。
  不快感は、恐怖、驚愕、怒りの三つしかない。
それらを理性を作り上げるために、進歩をさせるために使っていくのだ。

 次に、危険な遊びをさせること。これも生きようとする力を解発していくものだ。
いまは怪我をさせないように細心の注意を払って教育が行われでいるが、
怪我をしないで安全がわかるはずがない。 セーフティー・トイなどと言って
遊具が危なくないものばかりになったら、よけいにおかしくなる。
怪我はしなくてはいけない。 死にかけるから安全がわかる。

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10月24日(水)
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