ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2396, 白い壁とドア
オハヨォ…

「生」と「死」のイメージを詩的に書いてみた。
  −−

私の生のイメージ、それは白い四角の立方体の壁に囲まれている空間。
十数年前に一度、そのイメージをリアルに持ったことがあった。
おそらくは、この白い箱の中の壁の何処かに見えないドアがあって、
ある刹那に、その外に放り出されるのである。

白い立方体は生に囲まれた日常である。
その意識下の見えない死へのドアがあって、
一度出てしまったら、二度と箱の中には戻ることは出来ない。
白い箱の外は、無。 大きな黒い無限の中で、小さな箱はチリのような存在。
いつか、その白い壁が開いて、その虚無の真っ只中に放り出される。
それがスグ明日かも知れない、それとも20年、30年先かもしれない。
その一瞬、白い壁と黒い虚無の狭間で永遠を見るのだろうか?
それは歓喜だろうか、それともただ寝入る瞬間のようだろうか?

そういえば寝入る瞬間を感じ取ったことがある。
「アッ!」という間の一瞬であった。
それを言葉でいうと、数千秒の一のプツンという刹那のよう。

ーー
以上だが、このイメージにピッタリの詩を見つけた。
死の際にたった魂の叫びが詩の奥から聞こえてくる。
ドアの前に立つと、こんな声が聞こえてくるのだろか!
それとも「おらは死んじまった」の歌声か。
中島義道ではないが、いずれ誰もが直ぐにドアの前に立たされる。

ーー

暗やみの中で一人枕をぬらす夜は

息をひそめて

私をよぶ無数の声に耳をすまそう

地の果てから空の彼方から

遠い過去からほのかな未来から

夜の闇にこだまする無言のさけび

あれはみんなお前の仲間達

暗やみを一人さまよう者達の声

沈黙に一人耐える者達の声

声も出さずに涙する者達の声
                

 ー ブッシュ 孝子 (30年前に28歳で逝った女性の詩である。)
o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪

・・・・・・・・・
2006年10月25日(水)
2031, 「私」のための現代思想  −15
       (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
 前・評)
人間は「生きること自体が『緩慢なる自殺』である」と言ってしまえば、それまでだが、
戦争もある意味では集団自殺ともいえる。 いや集団殺戮の方が正しいか?

   《私》にとっての「超越確実言明」を守るために死ぬことも、
    時にとって必要なのかも知れない。
    人間の最後に残された自由へのジャンプとしての自殺もある。

自殺にも正しい自殺と、正しくない自殺があるという。
自分であるために死ぬ、それもイスラエルのマサダの砦の集団自殺のように、
自殺厳禁のユダヤ教徒の自殺なのだから意味も深い。
この場合の自殺を正しくないとは言い切れるだろうか。

    誰の目にも明らかな自殺に「子供の道づれ心中」がある。
    子供を自分の所有物と思いこんでいるから、こういう暴挙にでるのだ。
    自殺をするには、それなりの理由があるが、やはり
   「自殺は決して許されるものではない!」のは、道理である。
    それが永遠の自由のためにといっても!

ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −C
 *正しくない自殺*

正しい、正しくない自殺というのも変なものだが、
それでも「正しくない自殺」は、誰の目にもハッキリしている。
それを象徴するのがインターネットで知らないもの同士を募り、
複数の者達が一度に命を絶つ「集団自殺」である。
彼らは「死ねば楽になる」という「誤論理」で揺らいでいるので、その揺れを止め、
自殺を遂行するために、<他者>による引き受けを必要としている。

    この場合、普通の他者の共振を受けることもできるが、集団自殺志願者は
    その人たちの《私》を嫌います。

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10月25日(木)
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