ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2374, 人は60歳で何をしたか −3
                 
                 ー読書日記
  「人は60歳で何をしたか」藤原治・著

著者・藤原が60歳の時に「人は60歳で何をしたか」の本の準備をしてことになり、
それ自体がユーモアに聞こえてくるし、本人が一番勉強になったはずである。
それにしても、選りすぐった人たちとはいえ、そのエネルギーは強い。
彼らに一致しているのは、この時期は「起承転結」の「結」の時期ではなく、
起承転々の「転」である。 最後まで転げまわるのも良いものである。
この本では、古今東西の大家の「60歳の時点」の創作を具体的に提示して、
そのプロセスで、その人となりの精神を現わそうとしている。
著者は私と同じ年齢になるが、比べようもない知識の広さと深さに大きく溜息を
つきながら読んでいる。 それよりも紹介されている人たちに驚かされる。
比較しようということ自体が、おこがましいのは解っているが、それでもである。

殆どの本がそうだが、「まえがき」に多くの著者が言わんとすることが凝縮してある。
その中に「定年退職する人には、職探しの前に自分探しをする人が多いという。
企業を離れたとたん、個人としてのアイデンティティの確認に苦しむという話を
よく耳にする」とあったが、何か解るような気がする。
会社という制服を着てきた人間が、それを脱いだ時に初めて自分に直面する。
自分=「私」は哲学的にいうと、過去のトータルの「・・」である。
それが制服を脱いだと同時に自己喪失感にとらわれ、個人としての
アイデンティティの確認を求めざるを得ないのは当然のことである。
その辺のことを、この本の中では解りやすく説明している。

ーーー
P・7
それまでの自分は、会社の規範の中で生きてきた。異動や転勤があり、
人生の生き甲斐も家庭の悲喜も、会社の意思で決定された。
そのような企業組織に対する依存度が高い人ほど、人生が変わってしまうのが定年。
会社の出世コースを外れた人ほど、第二の人生を生き生きしているという。
そこで生き甲斐を見出せないためか、会社以外に自分探しをしているためである。
還暦とは、稀有な長生きの先に、僥倖として新しい人生が開けたという考え方だ。
60歳まで無事生きれたのだか、これを契機に新しい人生を生き直してやれというから、
哲学的な概念である。定年はそれまでの縛りがなくなることだが、
還暦は新しい人生を生き直すことである。なら積極的に新しい人生を探してみて、
第二の人生を深くしていって方が良いに決まっている。

ーP・8
精神科医の中沢正夫は、その著書『人生が二度ある』の中で、
第二の人生計画を練るにあたっての原則を次のようにまとめでいる。
1、第一の人生のなかでの自分とは、自分にとって何であったのか、見きわめること
2、何をしたいのかは徹底的に個人主義的に考えること、配偶者にもそうしてもらうこと
3、計画は終了・完成を目標としないこと
4、道草・浮気の旅を心がけよう
5、働くこと、社会参加することを中心に
6、世にはばかるパワフル・シルバーに
7、挑戦を一つ入れること
8、記録をのこそう
9、早めに計画をたてる
10、もう遅いという人へ
これに加えて自分探しの要諦について、評論家の佐高信は「会社への『離塁感覚』を持て」
といっている。 作家の堺屋太一も「職縁から離れる時だ」といっている。
この離塁感覚というのは、以前の組織にいた時の自分を引きずるなということだろう。
あくまで自分の頭で自由に決めることを前提に、自分探しをすべしということであろう。
考えてみれば会社を去るわけだから、束縛されるものはもう何もない。
時間の過ごし方も、考え方も、自己を規制するルールもまったくないのである。
ある意味で、こんな幸せなことはない。

とはいえ、具体的にどうすれば自分探しができるのか。初めての経験だから、
途方に暮れる人も多かろう。僕は気に入っている作家の60歳の著作を、
書斎で探してみた。文豪といわれた人たちが、60歳という人生の切れ目で

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10月03日(水)
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