ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2373, 人は60歳で何をしたか −2
ー読書日記
「人は60歳で何をしたか」藤原治・著
ある月刊誌が贈呈として昨日、会社に送ってきた。
そこに作家の新井満が寄稿していた文章が「60歳以降に何をすべきか」というテーマ。
よくある偶然の一致であるが、それにしても不思議である。
ーまずは、その内容をコピーしてみようー (百楽ーケイアイ出版)
*以前、禅宗の高僧と対談をしたとき「座右の銘は何ですか」ときかれ、
お互いに色紙に書くことになった。お坊さんは、たしか「誠」だった。
で、私は「余命7日と想え 何をなして何をなさざるべきか」と書きました。
余命10年と思うと、まだ余裕があるから、死と生について真剣に考えるのは
もう少し先にしよう、となってしまうが、余命7日と想うと、本当にすべきことと、
する必要でないことを区別せざるを得なくなるでしょう。そうすると生き方も
変わってくる。「死を考えることは、生を考えること」だというのは、
このことなんです。 (中略・・・)
私は若い頃から死と隣り合わせで生きてきましたから、死から生を考えるというのは
当然のことなんです。今年の春に自由訳の『老子」という本を出しました。
60歳になったら、どう生きるべきかという内容です。老子という人物は2500年前の
伝説的な哲学者ですが、その思想は難解中の難解といわれています。
私はその思想を、無謀と知りつつ4つに分類しました。
1つ無欲、二つ目は謙虚、三つ目は不浄の徳、つまり争わないこと。
4つ目は貢献の徳、社会貢献です。 老子で有名なのは「上善如水」。
水のように生きるのが最高のライフスタイルだといっています。
水ほど自己主張しないものはない。
丸い器に入れれば丸くなり、四角い器に入れれば四角くなる。
こんな町に従順で弱々しいのに、最終的には岩をも砕いてしまう。
万物を潤し、万物に恵みを与えながら、決して威張ることなく、常に謙虚だ。
人間はこの水のように生きるべきだ、というのが老子の基本的な考え方です。
この水の生き方はとても参考になります。
それに基いづ明いて、私は人生3期説を考えました。
人生、90歳まで生きるとしましょうか。それを30年ずつで区切ってみる。
・最初の30年は、自分探しの時代。
・30歳から60歳までは探した自分を実現する自己実現の時代。
・60歳以降は、自分や家族以外の人間、あるいは人間以外の命のために
何が出来るか考える時代。
つまり老子の分類でいえば、人生の晩年は社会貢献の徳を実現しようという提案です。
これは、あくまで理想論ですがね。
ーーーーーー
以上であるが、三期説にしても、5期説にても、その説を立てる論で幾らでも理屈はつく。
5期説とするなら〜20歳、40歳、60歳、80歳、80歳以上の
五期に分けることができるが、三期説の方が解りやすい。
三期説で考えると、一番大切な時期は三期目ということになる。
人生の収穫期ということになり、一番に充実した日々になる。
一番良くないのは、何も考えないことである。 何も考えないと、どうなるのか?
あの8〜9割の方の群れている老人達。 表面は楽しそうだが、心の空虚は
群れていては埋めることはできない。
ところで、「人は60歳で何をしたか」藤原治・著で取上げている人たちは、
その後も、二期を続けた人たちである、そうすると荒井満とは少し違ってくる。
片方は世に、それなりのことを達成した人と、凡人は分けて考えるべきか?
ただ生き方を考える上では、藤原治の方が参考になるが。
・・・・・・・・
2006年10月02日(月)
2008, 「私」のための現代思想 −6
(。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
ー 先に概要を説明しておくと、
明治以降、日本人が信じてきた価値観がここにきて大きく崩壊している。
ポストモダニズムが日本にも浸透してきたのである。
「 一流大学を卒業して、一流企業に勤め、そして家を建て・・・ 」
という価値観が根こそぎ信じられなくなってきた現状の原因を、解りやすく説明してある。
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10月02日(火)
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