ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2375, コシヒカリが売れない!
(* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]
先日のニュースで{最近になって「コシヒカリ」が売れない}と、ミニ特集をしていた。
去年だけでも、県内で3万トンの余剰米が出たという。事態はかなり深刻のようである。
先週の土曜日、東京の息子に魚沼産コシヒカリを送ったばかりだったので、注目をしてみた。
ところが、その時買った自宅の米といえば、聞いたことのないブランドの安い米。
金には困ってないのに、これは家内の貧乏性?から、これには他に理由はない!
しかし、ここは新潟、不味い米はまずはない前提がある。
私自身、米の味に対して、よほど不味い外国産でない限り、美味しい米に対する
こだわりはない。それでも以前は秋口の新米は一度は買っていたが、
最近はそれすら食べなくなってしまった。 酒はすぐに判るので少し拘るが・・・
ただし、県外で御飯を食べると、あまりの不味さに辟易とすることがある。
地元での外食では一度も、そういう経験はない。
ニュースで採り上げていた売れない理由とは
・コシヒカリのベタベタしすぎた口触りが嫌がられた。
・他のブランドより割高感が強い。
・他に多くのブランド米ができ、それらの美味しさを知った。
・品種改良などで、米の味そのものに、あまり差がなくなった。
・不景気で、ブランドより、とにかく値段の安いものを選ぶ傾向になっている。
等々あげていたが、風評による影響とは言ってなかった。
中越沖地震のとき、ある全国区の銀行の担当者が、
「他の県の原発事故のときに、その地区の酒、米、魚、野菜まで数年間は
大きく影響した」と言っていた。それもあるのだろうが、不安心理を煽るので
理由の一つにあげなかったのかもしれない。
ところで、南魚沼郡のコシヒカリが生産量の90倍も販売されているという話は、
今でもよく聞くことである。真実かどうかは別として、そういう風評も
コシヒカリのブランドに対して不信になっていることもある。
それより手取り収入の減少と、中産階級の減少と、不景気が最大の原因である。
サラバ(o´c_`o)―☆
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2006年10月04日(水)
2010, 「私」のための現代思想 −7
おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ・・さむ
ここのー「私」とは何かーという文は非常に難解であるが、一番の触りでもある。
「独我論」-唯我独尊の独りよがりの論法ーで生きている人は何処の世界にもいる。
究極的には全ての人にいえるだろうが(<特に私は強い!>・・と、思ったほうがよい)
しかし、それ(独我論)では、長い時間の中で自然と淘汰されていく。
言葉は「言語という制度」に従わなければならないが、その「言語という制度」に従って
使用することが思考である。 そして思考する主体が「私」である。
言葉の意味とは、その使用であり、「言語制度に従って言葉を使用すること」が
「言葉に命を与えている原因」であるならば、思考の「主体」は「言語制度」
ということになる。つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、
言語制度に従って言葉を使用している状態を「私の思考」と呼んでいるだけ、
ということになってしまいます。しかし、それだけでないと誰でも考えます。
それでは・・・それが以下に述べられている。
話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。
その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。
随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。
《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・
過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ??
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第三章 「私」とは何か −@
ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」−
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