ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1235, 「こころ」の出家(2)−読書日記


 ー「第1章 人生を振り返るとき―C.G.ユング 」
 「中年」の発見(ある「失踪」午前の人生、午後の人生)

中年真っ盛り、いや終盤に入った私にとって、この時期の心的風景は面白い!
今まで振り返らないようにしてきた過去が、いやに鮮明に思い出されてくる。
ーこの随想日記を書き続けていることも大きく影響しているが。

自分の人生とは何だったのか?
あの時の判断は、考えは、果たして正しかったのだろうか?
あの時の、あの人の気持はどういう気持ちだったのか?

この歳になって、初めて気がつくことが本当に多い。
そして、過去の、その時々の自分のペルソナ(仮面)が、よく見えてくる。
僅かしかない知識で、精一杯生きていた若い時の自分の姿が走馬灯のように、
よぎっても来る。

ユングは、
人生の午前と午後は、その優劣を比較するものではなく、
全く違う意味と価値を持つものだという。
若いころの「発達中心のライフサイクル観」から、もう一つの座標軸の
模索を勧めるユングの考え方を「出家」と、とらえるのは自然である。

人生を振り返ってみて思うことは、
生きるということは「自分への旅」ということである。
四国のお遍路は「過去の自分に向かって歩くこと」だというが、
生きるということは、いま現に自分に向かっての旅をすることだ。
そして、最後には無に帰っていくのだ。

ー第一章の印象に残ったところを抜粋してみる。

こころの出家とは、歩いている道から離れることだ。
自分の周囲に張りめぐらした垣根(ペルソナー仮面)を取りさることである。
神吉拓郎の「金色の泡」の中での主人公欣吾と従兄弟の会話で
以下のことを語らせている。

ー文雄がいった。
「俺、発見したんだ」
「なにをさ」
「40にして惑わず、という言葉があるだろう。騙されてはいけない。
 あれは偉大なる皮肉なんだ。本当はそうなんだ」
「どうして」
「とにかく、そうなんだ。40前には、迷うことなんかないよ。
 夢中だよ。世の中に出たばかり、目がくらんでいるか解らない。
 あり合せの目標に突っ走る。
 一段らくしたときが一番恐い。
 40をすぎた頃に初めて迷いが出るんだ。
 今まで何をしてきたのだろうか気づくんだ。
 え、そうじゃないか。迷いが出てきただろう」
「そういえば、そうかな」
「迷うのは、40からなんだ。それが本当だよ。恐らく、死ぬまで迷い続ける
 んだろうと思う」
「迷わない奴だっているだろう」
「そんな奴は、一生馬鹿なままさ。しあわせという言い方もあるだろうがね」

ペルソナは必要なものである。それは一定の効果を持つし、社会を渡って
行くために不可欠かもしれない。しかし、その仮面を剥いで生きたいと、
こころの奥に思っているものだ。
そのことに気づき、生き方の大転換を図るのが、こころの「出家」なのだ。

ペルソナについて、ユングは、外部に対する適応とか、やむをえない便宜とか
理由から生まれてきた一種の「機能コンプレックス」であるという。
それは個性というものとは違うものである。
安定したペルソナの下に。常にそれに影響を与え、それを脅かす内的世界が
存在している。ーーーー

 −−−

以上であるが、
人生の後半に入り、内的世界に目を向けたとき、それまでの
自分が全面否定されることが多くなる。
これが恐ろしい。
老人の無言の暗い顔を時時みるが、もしかしたら全面否定をして押しつぶされた
のかもしれない。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

2003年08月20日(水)
868, 「ロバート・アレンの実践億万長者入門」ー1

― 生涯続く無限の富を得る方法
 
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ノウハウを読みやすく、解りやすく、実践しやすく、具体的に書いてある。
しかしちょっとしっかりした女性なら誰もが実行している内容が多い。
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だからこそ全米でベストセラーになる。

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08月20日(金)
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