ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■968, 「企業の人間的側面」
学生時代の日記に、この本をゼミの教材で読まされていたことが書いてあった。
マクレガーの著書で、当時は経営書として多く読まれていた本であった。
X論・Y論という人間管理に対する考え方がテーマである。
ーX論は主に肉体労働者を管理をする方法
ーY論は知識労働社に対する管理の方法
と記憶していた。
]論は性悪説が、Y論は性善説が根底にある。
X論とはー人間は本来怠け者で、目を離せば仕事をしないものである。
従って、常に厳格な管理監督をしていなくてはならない。
Y論とはー人間は目標とそれに対する方法を与えれば率先して仕事を
するものだ。
当時これを読んで非常に納得をしたことを憶えている。
Y論も、人による。
X論に適応する人種が間違って権限を持つと、それを利用して手を抜くことに
全てのエネルギーを使うからだ。
公務員はその典型で、マネジメントという視点が全くなくなってしまう。。
そのことは社会主義の破綻が全て証明している。
反面、X論に縛られたら組織の硬直化がさけられない。
競争原理を入れて、Y論に適応した人材を厳選をしないと命取りになってしまう。
当時、経営書といえば、
この本の他に思い浮かぶのは
ドラッガーの「現代の経営」「経営者の条件」「断絶の時代」「創造する経営」
マックス ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
などである。
ーインターネットで調べた]・Y論をコピーしておきます。
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「X理論とY理論」
Sage, G. H. は、コーチと選手の関係が権威主義的に形成されることについて、
ピジネスの組織における「科学的マネジメント」がスポーツの世界に及ぼされたもの
として見ている。「科学的マネジメント」は人間の本性を悪であり、なまけものであり、
刺激によって方向付けられるもの(X理論)と見なし、それゆえ強力なリーダーが組繊し、
目標を達成する責任を持たなけれぱならないとしている。そして、リーダーは命令し、
働く者の活動をコントロールし、彼らの行動を組繊の要求するものに合わせるように
修正するという役割を持つものとされる。
このような「科学的マネジメント」に基づく組繊においては、選手は組繊の目標を
達成するための道具として捉えられる。そこでは、「決定は、費用効果の分析後、
コーチによってなされ、選手は組繊の目標達成のためにコーチの意志に従うことを
期待している」というコーチと選手の関係が形成される。
Sage, G. H. は、このような「科学的マネジメント」に基づくコーチー選手関係を
否定し、「人間関係によるマネジメント」を提唱している。それによれぱ、
人間は本来的に受身の存在ではなく、動機や責任を引き受ける能力を持ち、
機会が与えられれぱ有効な決定をなしうる存在(Y理論)と考える。
よってリーダーは「組織の状態や手順を整備することによって、人が、組繊の目標に
対して自らの努力を向けることで彼ら自身の目標を達成できるようにしなけれぱならない」
という役割を担うこととなる。Sage, G. H. は、この「人間関係によるマネジメント」を
「気紛れな独裁的統制よりも個性と自由を強調する現代の価値と倫理により調和している」
ものとし、コーチと選手の関係について次のように述べている。
「コーチは、総合的チームプログラムはチームの選手の要求や願望に優先すると、
当然のことのように思ってはならない。個人の選択は、チームのそれと同等に
考慮しなければならない。チームの目標とそこに到達する方法はチームの全員によつて
作りあげられなけれぱならない。コーチは、本質的なものに対する自らの権威を
制限しなけれぱならないし、専制的な意志によって選手を威圧してはならない。」
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594, パソコンの恩恵 - 2002年11月28日(木)
毎日飽きずに、こうも書けるか種明かしをしよう。
パソコンのおかげなのである。
会社の机の上と、自宅の居間のパソコンの存在のおかげだ。
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11月28日(金)
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