ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[384522hit]

■7871、閑話小題 〜何でまた、否定ばかりするのか?
    存在するかしないか、それを信じるか信じないかが決定的な問題。
    だけど、我々の豊かな自然界が存在する世界では、そこに身をひたし、
    自然に共感していけば、充分に救われる。僕は、「感ズル宗教」と
    言っている。
 五味: そんなことを言っていたら、砂漠では死んでしまう。
 山折: ものを考える必要がない。だから感じていればいいわけ。
 ー
▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。
 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を
神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、
エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、
その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、
その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。
人間は、何はともあれ孤独の存在。最期は死に直面し、絶望の中で死ぬ存在
である。死だけではない、何かを決断する時、孤独の際に立つしかない。
内なる世界で自己対話で決断するが、その時に、内なる対話の相手に、
過去の人たちの苦悩と、解決策の集約した答えを神が導いてくれるか、
どうかでは雲泥の差がある。神の代わりが、愛してくれた両親でもよいが、
熟練してる、神様が相手なら、最善に導いてくれるはず。神の魂と同化し、
その知恵なら間違いは最小で済む。私の現在の対話相手は、毎日読返す、
このブログの同月同日の、かって書いた文章。
  

10月06日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る