ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7017,閑話小題 〜スペイン風邪とは、どんな事態?
の墓であった。県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。他にも代々の
天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。
この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、形容しがたい感動的
なものである。その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげて
おり、奥の院そのものという感じであった。
秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、“柳の間”
(関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、突然目の前に歴史を見せ
つけられたようであった。高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に
よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。
ーH0407霊的体験ー
二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験を
してみた。死後一週間後位か妙な夢。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身
(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が実感
できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった!
という不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。
また死後二〜三日後の夢も強烈な夢であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。
その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母が
スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。
まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが
幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
――――
ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1
学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、
六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。
度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。無知と若さの為
平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、今では懐しい
思い出になっています。
(私) −禅とは一言で言うと何ですか?
(禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。
社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、五日間の夏休みでの
雲頓庵の禅師との対話
(私) −世間と理屈は違う。理屈どおりに世の中いかなという事がつくづく
わかりました。
(禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。
世間も理屈もあるものか!
(厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。
頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、その時点でたたき
こわされ、社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。
ーS6307ー 人生は雷光なり
二人で二百才になろうという人の対談の中で、過去百年をふりかえり、
実感として“人生は雷光のようなものだ”
以下字数の関係でカット2008年8月20
05月31日(日)
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