ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3879, 閑話小題
言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。 それと、身構えて冷笑してしてしまう。
早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。
「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。
全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、
ー身の上相談ー
アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。
「うちのママは、毎日、毎日、朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい よく勉強をしなさい TVをいつまでも見てはいけません
夜は早く寝なさい と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。 ボク、どうしたらよいのでしょうか」
それに回答者が答えた。
「朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい 以上、サヨウナラ」
(字数制限のためカット10年11月8日)
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574, つれづれに-学生時代のこと
- 2002年11月08日(金)
学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」という題で書き写しているが、そのときは34年の時空を飛び越えて
青春真っ只中の自分に立ち返っている。 記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。
変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。
学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活 ・武澤ゼミと卒論 ・欧州の一ヶ月の旅行 ・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出 ・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出 ・合コンや合宿などなど
結構多くの構成が重なっている。この4年間が人生の圧縮であった。 物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、
出来事は数え切れないほどのことがあった。脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが私の場合創業を
目指していたこともあり刺激の強い20年間であった。武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と
結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。毎日日記の中で
色々な友人と語っている内容は、これからどういう生き方をしようかという内容と、その批判である。未来が光り輝いていた。
・自分は留学しようと思う。 ・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。 ・自分で事業を起こしてやろう。
そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。 如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。 何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった
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[220] 実感の言葉
- 2001年11月08日(木)
「自分の人生の今までの実感を、幾つかの言葉で表現してみたら?」と聞かれたら
1、まずは「恵まれていた」これが全てと言ってよぐらいだ。(時代、両親、恩師・・)
2、次は、「ついていた、運が良かった」
3、第三は、「面白く楽しかった」
4、第四が、「有難う」ー感謝・感謝・感謝である。
5、そして、「愛こそ全て」愛情の大切さである。
(字数制限のためカット10年11月8日)
11月08日(火)
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