ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2975, 縁は異なもの
それが売れると、逆に気違い?にされ村八分にされてしまった事が、話題になったことがあった。
世間に属さない他者は今の日本では人であって人間でない、と先ほどの「世間とは何か」に書いてあった。
その地域の集り坊主とか、地銀とかに勤め、支店長あたりになる。
そしてその地域の噂社会の中で、よい人を演技する?のが、「世間を渡る」という世界。
この世界で、個人として真っ当に生きるには、強靭な意思と主体が必要だ。
結局それを殺ぎ落とさないと、生きていけない社会でもある。
そして自分とは何かを死に近づいて考えて、気づく?世間に縛られた小さな一生を、その時初めて悔やむ!
世間とは、幻想社会という事を! 日本の島国的特性そのものだ。
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10年前書いた文章です。
ーH0407城下街小唄ー
私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。
その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており漫画的ですらある。
彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。 特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、
彼等の出す“ウワサ”がその社会を大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが“マンダラ”
の中心点に近い人間が言った事こそ絶対のようだ。
(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。
“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。先日もいやな“ウワサ”を聞いた、今は下火になったのだが、
新興の各業界のbPの社長が十人あまりbPが故に聞くに耐えない“ウワサ”を流された。
“一種の集団いじめ”なのだが、そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである?
それがおもしろおかしくて集団ヒステリック的につくりあげられており、自らの名が出るかどうか怯えている。
“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものである。
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2001年05月28日(月)
[34] 糸井重里サイトを見て感じた事
糸井重里の「ほぼ日刊糸井重里新聞」を二年前にホームペジを開いて、
現在1日二十数万のアクセスがあるという。ちょっとした新聞社なみだ。開いてみたがなるほど面白い!
ホームページ作りより、自分自身のインターネットに対する感覚が変わってきている事がわかる。
考えてみたら1度ホームページに載せたら、そのデータは半永久的に残る。
ホームページは墓場と言っていたが、そのとうりである。永久に残るデータベースである。
糸井重里本人が「不思議な感覚」と言っていたがわかるような気がする。
05月28日(木)
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