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堀井On-Line
by horii86
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■2952,スリルな瀬戸際だった日々 ―2
それぞれ生きてきた時代ごとにの歌があった。人生のバックグランドミュージックといってよい。
笑いと歌には、心というよりもっと深い魂の世界で、行蔵のラベルでもある。それでは「こんにちは赤ちゃん」は
過去に向かって歌うのか?というが、むしろ母親が、あとの思い出としての歌うのほうが、心いや魂の歌になる。
私が生まれたのは第二次世界大戦の終戦直後である。ラジオで復員兵の名前や尋ね人のコーナーがあった。
それと同時に、「異国の丘」とか、「上海帰りのリル」「みかんの花」が流れていた。
幼児期の記憶は希薄だが、歌だけは記憶にしっかり残っている。青春期はポップスの黄金の昭和40年代であった。
いま聞いても本当によい歌が多い。高度成長期の時代背景があったためである。
60歳までは過去を振り返らないことにしているが、もう数年で、その歳になる。
カラオケに手を出して失敗した時の歌や、NTTの株で失敗した時に涙をして憶えた歌など
「一曲数千万円」もした歌がある!たくもう、高くついた!
話は少し変わるが、歌の先生をしていた一番上の姉の正子さんが、
ある時「人間は歌うとき、自分の肉体は楽器なのよ!」と何気なく言った事を思い出した。
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2002年05月05日(日)
397, たとえ話ー人間の姿を犬に例えるとシビアなわけ?
以前も書いたが、たとえ話はより深い真実をあらわす。犬のたとえがシビアである。
犬は狼を数千年かけて、人間の都合のよいように作り上げた動物である。(人間に絶対服従の性格に)
社会もしかり、権力者が自分に都合のよいように作り上げた制約社会である。
イスラム教のアラーの神はその発明の典型といってよい。砂漠の中で規範が必要であった、それだけだ。
宗教は一番権力者に利用される。キリスト教は未開発国に放たれた尖兵ー細菌であった。
論語もしかり孔子が権力者に自分を売り込むための教えである。鼻声で唱和するのも、歳をとってからならよいだろう。
人間は従属しか出来ない哀れな猿でしかない。人間の95?は従属を望んでいるという。
したがって狼を犬に創りあげた人間を、逆に犬に例えるとより本質的になる。
「番犬、野良犬、捨て犬、雑種、負け犬、闘犬、噛まし犬、狂犬・・」あまりにシビアに人間の被支配性の本質を顕している。
ー番犬のような男、野良犬のような男、座卓犬のような人間、牧羊犬、しかしそれが自然の推理なら、
それに従うのが人間の姿である。 それに気づいているかどうかである。
話が変わるが、ハワイでの事、現地のガイドが日系?の事をバナナと言っていた。
外が黄色で、内側が白(白人)、いい得て妙であった。いまの日本人は正しくそうだ。
日本人のキリスト教信者もそういえる。白人の仏教信者は白瓜、アメリカの黒人は茄子か。
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2001年05月05日(土)
連休はパソコン・ウオーキング・TV・外食三昧
連休はパソコン・ウオーキング・TV・外食三昧 である。
もっとも連休でなくても、そうであるのが可笑しいが!大型連休はほとんどそうだ。
以前は会社の自分の部屋までわざわざ行っていたが今は自宅で過ごす。
特にパソコンとBSーTVが暇を充分満たしてくれるためだ。1ヶ月後に秘境ツアーに出かける為、極力節約する。
1日1回居酒屋かファミリーレストランからーめん屋に出かけける事と、図書館に行く事がリズムをつくるみそである。
ここでインターネットとホームぺージが特に面白くなったのも、さらに連休の過ごし方を快適にしてくれる。
05月05日(火)
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