ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2394, 恥はかかせろ、いじめはなくすな −2
地元の人と一切付き合わないで済むから、地元では異様に思われているだろう。
大商圏的生き方として当然の事と受け止めている。
特に父親はこの傾向が強かった、モデルがいるから更にそれで良いと思ってしまう。
気が付いたら一人というと頑固爺の末路だろうが、その辺の変身は早い。
ある中国出身の作家がいっていた。
「地元で商売をするな、因縁がらみで何も見えなくなる。
他所なら全く関係なく、ビジネスとして割り切れるから。」全くそのとおりである、
ブラックジョーク以下の現象がビジネスで日常になってしまう。
地方の景気が最近悪いのは、これに近い原因である事はいうまでもない。
情報化でグローバルの時代になってきた為だ。
これからの時代ますます大商圏的生き方の流れになる。 手前勝手か??
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[195] 宗教戦争ー6− 2001/10/23
-イスラム原理主義とはー
ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違い
原理過激派はイスラム教を母体としたカルト教と思えば簡単である。
ややこしいのがイスラムが母体という事である。
モハメッドは一人考えた!
「何故アラブ人に偉大なる神がないのか、預言者がいないからだ。
そうだそれを考えている自分が預言者になればいい」と考えたのだろう。
まずは「コーラン」をユダヤ教の「タルムード」の代わりと考えた。
そんなものだ、宗教とは。
宗教学者ひろさちあ氏が月刊誌に、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違いを
解りやすく書いていた。
ユダヤ教は・・・・「旧約聖書」プラス「タルムード」
キリスト教は・・・「旧約聖書」プラス「新約聖書」
イスラム教は・・・・旧約聖書プラス「コーラン」
まずベースが旧約聖書である。
三宗教のうち、
・父親的な立場がユダヤ教、その父親から長男のキリスト教が誕生、
次男のイスラム教が誕生した。
・ユダヤ教では、ーアブラハムが神ヤーヴェと契約を結んだ。
その契約は、人間のほうからは、あなた以外の神と絶対に拝みませんと誓い、
その契約にもとずいて神は人間にあれこれと命令する。その命令が律法だ。
したがってユダヤ教は本質的にー契約宗教です。
・キリスト教のイエスは「神は我々を愛しているのだ。
だから神の奴隷になる必要がない。 我々は自由人だ」と大胆な主張しました。
律法に縛られる必要がないと。 本質的にー自由宗教です。
・マホメットはーキリスト教は安息日を守りません。
そういう自由に対しそれはおかしい律法に忠実であるべしとアラブ人向けにつくった。
自由を謳歌して神と律法から離れた長男のキリスト教に対し、もう一度
原理に戻ろうと主張した。 本質的にー原理主義です。
イスラム教にー神の(アラーの)ために戦う「ジハード」と言う概念がある。
もともとモハメッドが異教徒と闘うことー聖戦ーによって確立されたもの。
後世の信徒もそれにならってつねに異教徒と闘い続け、
その教えを世界に広げることを求められた。
その聖典のハデイースは聖戦について、
・たとえ一日でもアラーの道の戦い身を投ずることは、
この世とそこにあるものよりより良い
・天国に入ることになる人は、たとえこの地上に何をもっていようと、
現世に帰ることを望まないが、だだ殉教者だけは別で、彼は神から与えられる恩寵を
知っているため、現世に戻り,更に10回も殺される事を切に願うのだ
熱心なイスラム教徒は、そのまま本気で信じているのだ。
要するに殉教;は生より望ましいと思っているのだ。 それが過激派になったのだ。
実際はジハードは日常生活の中で「コーラン」をの原理を全世界に定着することである。
過激派はそれを暴力でと解釈した。
10月23日(火)
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