ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2243, 耐震偽装 −1
・数代続いた骨董品屋の2代目で、
 父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3〜5万が一応資産家の目安だったというから、
 もともと裕福な家だった?私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。
 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。
 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、
 かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。
ーーーーーー
H0505小説のような本当の話!

十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。
ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。
生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、
お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。

たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に、
正直に事情を話したところ、父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。
それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。

聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。
そういう“生き方”を自分はしてきただろうかと考えさせられる出来事でした。
父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?
当時、丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり
“誠心誠意”に決まった次第です。

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2002年05月25日(土)
417,人生の負け組みと勝ち組み

だいたい20lが勝ちで、80lは負け組みである。
何をもって勝ちで、何をもって負けというのか?というが。
一般的に自分の真にやりたかった事を見つけ、やりとおせたかどうかだ。
その意味でやはり、あるはずだ。社会的な勝ち負けの話しではない。

負け組みの、負け惜しみで何かへ理屈が出てきそうだが。
・過去の蔵にそれ(やりたかった事をやってきた行為)が詰まっており、
・現在それを過去の計画どおり実行しており、
・未来の計画をキッチリ立ててある人

そういう意味で大体私の周囲では、2対8の比率は間違いない。
刑務所など99lだろう。その共通点は目先しか見えない峡視の人だろう。
80lの人も然り?

ダイヤを入れれば、ダイヤが出てくる。
ゴミを入れいればゴミが出てくる、その分別ができなかった人だ。

何か厳しい内容だが、見方を変えればいい。
「自分は社会的なことは別として、ずっとやりたいように生きてきた。
自分の大好きな○○をしてきた、それで充分だ」
こう言える生き方が勝ち組だ。

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 2001年05月25日(金)
「31]」写真日記コーナー開設!
ウイークリーマンションの司の社長の写真日記
ーこれはノートにその日あった人のインスタント写真を張りつけていく 
ものだが、ーいつか実行したいと思っていた。
そしてホームページで 是非実現してやろうと思いつき今日開設した。
ソフトが不備で思いどうりにならず、苦戦していたが何とか間に合った。
しかし途中挫折しなければよいが?
慣れてくれば、習慣化してしまえばしめたものだが。
どういう展開なるか自分でも解らない。
小さな世界がますます露呈されていくが、しかたあるまい。
だんだんホームページに関わる時間を短縮していかなけれと思っているが、

05月25日(金)
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