ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6372,閑話小題 〜 コミック版・トランプ劇場
あやし 金谷に花を詠じ、栄花は先立つて無常の風に誘はるる 南楼の月を
弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり 人間五十年、下天のうちを
比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・・》
所詮は、幻想のようは儚い一生を鳥瞰した歌詞。
マギーは、ウパニシャッドを簡潔にまとめてあり、分かりやすい。
* ウパニシャッドとは ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
【 15、6歳のころ、世界の偉大な宗教の経典を集めた「世界の聖典]という
本を学校の図書館で見つけ、好奇心から読んでみた。この本の中で、唯一、
私の想像力を心底かき立てたのが『ウパニシャッド』だった。驚いたことに
次のような記述があった。「ー人間の知識と経験の全領域はイメージだけで成り
立っており、そのイメージは流動的であって、永遠不変の存在を持たないのだが、
それに対して実在する現実は、永遠に存在するものであるけれども、我々は
直接それを知ることができず、それを明確に把握することもできないー」。
私は自分の考えが目の前のページに、それも数千年前の昔の書物に載っている
のを見て愕然とした。そこには、さらに、私の思いもつかない説明まで書かれて
いた。それによれば、「私たちの心には無数の多様なイメージが浮かぶが、
そのイメージを去来させているのは、個々とのイメージと同数の、直接触れる
ことのできない対応物ではなく、あるひとつの大きなものである。
私たちは個人として生まれたときから分化し、死ぬと再びそこにとけこむ。
突きつめると、実際には、その大きなものしかない。互いに相容れることなく
個々に分離しているのは、イメージだけである。また、イメージはあくまで
イメージであって、主観的ではかないものである以上、そしてとくに、人間には
生来、イメージを独立して存在する事物と混同する傾向がある以上、イメージを
幻想とみなすのは、しかるべき理由があることになる。分離した個々の事物、
人間を含む個々のあらゆる事物は、してみると現像ということになる。現実には
万物はひとつである。」… 私には、この見解は確認できないように感じられた
のである。たとえこれが真理であったとしても、そのことを知るすべが見当たら
なかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を痛感させてくれた。
私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的に私たちの考えて
いることに「似ている」、すなわち多種多様なものが存在していると想定して
いたーのだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。考えてみれば
確かに、現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見にも根拠が
ないように思われる。】
▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。
その対象も物理的に残っているものもある。しかし時間は、記憶も、物理的
残存しているものも、容赦なく変えてしまう。そうすると、残っているのは
イメージである。そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、
そこに戻っていくという考えに、ついつい・・・夢幻でしか!と。
恋愛など、性欲がつくりあげたイメージのダンスでしかない。
ダンスが終わったら・・・ 類推は、いくらでも出てくる。
・・・・・・・
3438, 腰痛について
2010年08月24日(火)
腰痛について何度か書いたことがある。《下にコピー》去年にも二回
書いている。そういえばこの一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめる
ほどの腰痛はない。一年間何もないのは近年には記憶がない。低反発マットと、
海老反りマシーンによる背筋伸ばしと、立振動のバイブレーション・マシーン効果
がでているようだ。四足だったサルの祖先を持つ人間が、両足で立って歩くように
なったのが、腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が長い人とか、
立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。
日常的に心がけることは、
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08月24日(金)
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