ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6371,閑話小題 〜17年余で、3回目の失態
* アップする前に、全て消去
「何てこっちゃ〜!」。 昨日の朝方のこと、アップする直前に、チョッと
した勘違いで、書上げた文章全てを消去してしまった。17年半で3回目になる。
このテーマの内容は止めておいた方が良いというサインと、自分を納得させる
しかない。こうなりゃ、意地でも何か書上げてポタリングに出かけようとしたが、
やはり無理。で、違う書きかけのテーマに差替えて改めて今朝方、あらため読むと、
やはり大幅な修復が必要。やはり、注意されるべくして注意されたのである。
〜カットした昨日のテーマ内容をそのままを、かいつまみ書くと〜
≪「前日の朝、信濃川の土手でのトラブルの話。長岡大橋を渡った西側の土手で、
後ろから大声で、「道の真中を走るんじゃない!」と、怒鳴られた。みると、
本格的チャリダ―。7〜8mの土手で真中を走って何故悪いのか、数秒考えても
何故か分からない。ところが数百m先で、自転車を停めて、道端の金具を拾って
いたので、「何故、真中か悪いのか分からないので、その理由を教えて!」
と聞くと、激怒をして「この馬鹿野郎。何を言いやがる!」と。何々と、戦闘
態勢に入り、‘ベルトを抜いて殴りかかるイメージ!をもって睨むと、急に怖気
ついて、自転車を急発進して、走り去っていった。体格は大柄のアスリート風。
その後、同じ場所を自転車を走らせて「何故、真中を走っていたか」を考えた。
整備された土手の自由道路で、正面からウォーキング、犬の散歩、チャリダ―が
テンデンに行きかうため、中央から少し左側を走りながら、その都度、左右に
ハンドルを切って寄せる。何も怒鳴られる筋合いがない。明らかにチャリダ―
の優越行為。まさか、何か言い返されると思っていなかったようだ。
生きていればこそ、怒ることが出来る。喜怒哀楽で怒りが一番のエネルギー源。
怒れ怒れ、もっと怒ればよい。そして、その分、喜び、哀しみ、楽しめばよい。
おさえる必要などない。≫
―
▼ 上記を改めて読み直すと、誰も居ないからこそ左側に沿って走るのが道理。
直に思いついたのが、ジムで12人定員でステップ台とストレッチマシーン
を交互にやる「イージーライン」というエアロ。終わる直前、マシーン台を
拭くのが礼儀。しかし、面倒なので肩にかけたタオルをマシーンに被せる。
ところが人によって、汗を拭いたタオルでも嫌がる人が当然いる。後の女性に露骨に
嫌な顔をされた。で、当然、私も「怒りへの処置」をした。10年近く誰も
居ないことをよいことに道路を傍若無人に走っていた。スポーツジム、近所でも
誰とも目を合わさず、挨拶もしない態度。一番上のボタンから掛け違えている。
私も社会というより、まず「500m内の世間」に生きている。 今さら、
愛想も直せないし… 意識をして会釈でも始めますか。
そう、誰も居ない時こそ、マナーの勉強ですか。
<人は人、我は我。されど仲良く>ですか、娑婆は!
『偉そうに何を書いているかだ、この野郎!』 ったく!嫌な野郎だ。
で、新しい試み、これをアップする前に、一度、ポタリングに出てから、
帰った後に、新鮮な気持ちで、これを読返し、更に校正する必要があるようだ。
ハイ出発!
一時間後 …で、帰ってきました。日常の中の非日常を書くのが日記。
生きていればこそ。毎日の非日常の中に、日常に慣れてしまって気づかない
ことが隠されているということ。人それぞれが、歪な日常を過ごしているが、
第三者には見えるが、当人だけが気づかない。それが娑婆といわれる由縁。
ということに気づきました。「そうだよな〜、歪だよな!」
・・・・・・
3802, 哲学人 ー�
2011年08月23日(火)
* 驚きを忘れた人々 (P/29より)
【 あらゆる意味とあらゆる目的がこの世界のなかにあリ、価値と道徳は人間に
よってつくられる、つまり、価値と道徳は社会的・歴史的に形成されるのである。
真実はミステリアスであるとの意見を『彼ら』は理解できず、それゆえ人間の
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08月23日(木)
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