ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4740,<つまずき>の事典 〜   ー8
1、美的実存:  美しいものを求めて、そのときそのときの享楽を求める生き方である。 ドンファン的生き方。
2、倫理的実存: よいことをし、社会的の規律を守り、習慣などに従い、全てに道徳的な生き方。
3、宗教的実存: 神である絶対者との関係の中で生きることにより、真の人生を手に入れることができる生き方。
 この宗教的な生き方も、二つに分けた。「宗教性A]と「宗教性B]である。「宗教性A」は、自力救済を試み、
 自分の主体や理性によって自分を支配しようとする。しかし、それはキエルケゴールによると罪になる。 
 支配するのは神である。(字数の関係でカット 12年03月7日)
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2893, 年寄りの持病自慢は、老人の猥談だと!
2009年03月07日(土)
50歳半ば頃から同級会では、年金か成人病の自慢のしあいか、誰かの死の話が中心になる。
青春時代に自分の体つきや身なりを気にしたり、性体験を陰で話したり、猥談を話したくなる時期があるが、
それと同じく、自分の「体調」や「病気体験」について語りはじめる老人の「健康談議」を「老人の猥談」というらしい。 
五十歳代半ばの下半身の衰えは男の共通の話題。 その次は癌体験か糖尿病か心臓病などの成人病の披露のしあい。
(字数の関係でカット 12年03月7日)
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2529, 山田風太郎 のアフォリズム
 2008年03月07日(金)
彼の本が好きで、何冊か図書館で借りて読んできた。暗い中に何ともいえない温みがあり、2年に一度は彼の本を読んでいる。
また亡くなる前に朝日新聞に『あと千回の晩飯』が連載したことがあった。なかなか文に鬼気迫る内容だったことを憶えている。
先日も『人間魔界図鑑』を借りて読んだが、著作群の中からの警句やアフォリズムなどを一冊にまとめたもので読みやすい。
手元に置いておきたい本と判断し、アマゾンの中古本を注文することにした。
以下の文章は 「人生(時間)のセイムスケール」というHPの中の山田風太郎のアフォリズムなどを抜粋コピーしたもの。
★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」
★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」
★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。しかし、「今」死にたくないのだ」
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、
 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」
★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」
★「死の瞬間に何人も悟るだろう。--人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」
★「生きながらそれは、多少ともすでに神曲地獄篇の相を帯びている」
★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。
 いかなる人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。何という絶対的聖域」
★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」
(字数の関係でカット 09年03月7日)
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2007年03月07日(水) 2164, 宮城まり子         (~Q~;)  おはよう〜〜 サム!
3月の日経新聞の「私の履歴書」は、「ねむの木学園」園長の宮城まり子である。まだ6回目だが、なかなか面白い。
 宮城まり子といえば私の小学校の頃から映画などに出ていたが、甘っ2007たるい声が印象的であった。
その後、芸能界をやめて「ねむの木学園」を開いた。もう二十年前のことになるが、TVでその「ねむの木学園」を放映した。
その時の子供の絵を見たときの衝撃は今でもハッキリと憶えている。ピカソのような絵だが、絵から純粋な子供の心が直に
伝わってきたからである。役者をやめた後からも、人生の舞台の「役割り」を正直に生きている人である。
「人生を思いのまま生きている人がいる!」というのが当時の感想であった。
「私の履歴書」の一日目に書いてあった、学園を開設するにあたっての、愛人?の作家・吉行淳之介との3つの約束がよい。

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03月07日(金)
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