ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4722,心を上手に誘導する方!
再放送も含めて食い入るようにみた。 紙切れ(ドルとアメリカ国債)を刷って、再びアメリカに還流するシステムを
追う番組である。そこには、紙切れで世界中のものを手に入れる仕組みをインタビューや解説で解明していた。
それは正にアメリカが親のネズミ溝。それがアメリカ資本主義というらしい。その最大の被害者は、もちろん日本。
ところで先日、知人から、「新・マネー敗戦」を一時間ほど借りて、速読をしてみた。
大筋は、このアメリカ・ドル本位主義の構造の分析である。
* 「新・マネー敗戦」 岩本沙弓著
ーこの本の概要といえばー《 ネット参照 》
19世紀から20世紀にかけて繁栄した英国は、絶頂期でデフレに見舞われた。しかし金本位制を廃止せず緩やかな没落の道を辿った。
その英国に替わった米国は、ドルを世界中に流通させ金本位制を廃止した。 実物資産の裏付けのないマネーの誕生である。
バブルが起きるたび、その対策として投入された膨大なペーパーマネーはさらなるバブルの原因となった。
自国通貨を基軸通貨として世界に流通させ、ペーパーマネーを溢れさせた米国はさらに原油を用いて、ドルの価値の維持と
産油国経由の米国への還流を図る。 原油決済をユーロで行う機運が出てきた際には、原油決済通貨をユーロに変更したイラクに対し
戦争を仕掛けてまで自国の繁栄を図ってきた。 それでも原油決済通貨の変更がなされる現在では米ドル需要の減退は時間の問題。
字数の関係でカット(2012年02月17日)
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2875, ポルトガル人のみた信長と秀吉
2009年02月17日(火)
「日記をのぞく」ー日経新聞編の一編 ールイス・フロイス「日本史」ー
の中で、ポルトガル人フロイスの見た信長と秀吉の姿が新鮮に写し出されている。
現在、「天と地」をNHKで放映しているが、直江兼継の見た秀吉と信長の姿と重ねると面白い。
ーその部分を要約すると・・・
1569年4月に、信長と京都の二条城の建築現場で引見、信長はフロイスを気にいったようだ。フロイスは1581年3月、再び会うが、
安土城を自慢したかったようだ。彼の見た信長は「中ぐらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は少なくはなはだ声は快調で、
極端に戦いを好み、軍事修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格であった」「酒を飲まず、食を節し、人の扱いには
きわめて率直で、自らの見識に尊大であった」「その鋭い観察眼で捉えたこの武将の人物は、他の追随を許さぬ迫力と
真実性が感じられる」その信長が亡くなった後に、今度は秀吉を大阪城に訪問する。フロイスの「日本史」の中の秀吉像は、
信長像に比べておおらかではない。「彼は優秀な騎士であり、戦闘に熟練していたが気品に欠けていた」
「身長は低くまた醜悪な容貌の持ち主」「抜け目なく狡猾」「極度な淫蕩で、悪徳に汚れ、獣欲に耽溺」・・・
生理的は反発がうかがえる。1587年に九州に遠征中に伴天連追放令を発した。秀吉の漁色乱交に、
▼ キリスタンの女性たちが抵抗したので、暴君の秀吉が怒り狂った、とうのが彼の解釈だ。この「日本史」では、
外国人ジャーナリスト?の目で当時の日本と日本人が体系だって観察されている。その点では信長と秀吉を現代人の感覚で
観察している目に近いと言えるのである。更に、信長の最期の姿が仲間の宣教師から九州にいたフロイスに詳細な報告が入る。
それによると、ー 1582年、6月21日、本能寺の変が起きる。明智方は本能寺を襲い、「手と顔を洗い終えて身体をふいている
信長」を見つけて、背中を射た。信長はその矢を引き抜き、長刀を手に戦ったが、「腕に銃弾を受けると、自らの部屋に入り、
戸を閉じて、そこで切腹をしたと言われ、また他の者は、彼はただちに御殿に放火して、生きながら焼死したと言った」更に、
「我らが知っていることは、その声だけでなく、その名前だけで万人を戦慄せしめていた人間が、毛髪といわず骨といわず
灰燼に帰さざるものは一つもなくなり、彼のものとしては地上に何ら残存しなかったことである」と・・・
ー 生々しい信長が直に伝わってくるようだ。
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02月17日(月)
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