ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4614, 2000年前のポンペイー6
伯父が家を出ようとしていたとき、友人タスキウスの妻レクティナから伝言が届きました。
彼女は身に迫る危険におびえていました。彼女の家はヴェスヴィオ山のふもとにあって海路でしか脱出できません。
そこで救いを求めて来たのです。伯父は急遽予定を変更し、救助に向かうことにしました。研究心から乗りかかったことを、
義務感という高い次元の感情で実行することにしたのです。レクティナだけでなく大勢の人々を救助することに決め、
4段櫂ガレー船を用意させてみずから乗り込みました。 魅力的なその海岸には実際多くの人々が住んでいました。
人々が脱出を始めているその場所目指して伯父は急ぎました。航路を直線に保ち、危険に向かってまっすぐに
舵を取ったのです。全く恐れることを知らない伯父は、噴火の全段階と様相を、目にするそばから人に書き取らせるか、
みずから書き留めていきました。
すでに灰は船の上に降り注いでいました。目的地が近づくにつれそれはしだいに熱を帯び密度も濃くなりました。
真っ赤に燃える軽石や砂利も見え、川床が露出し、崩れた岩が岸を塞いていました。
伯父は引き返すべきかどうか一瞬ためらいましたが、水先案内人が引き返しましょうと進言すると答えました。
「勇気を持て。運命の女神がついている。ポンポニアヌスの家に進路を取れ」。
この家はスタビアエにあり、ミセヌムからは湾の半分程難れていました。
海岸線はわずかに湾曲していて、そこに海が入りこむような形になっていました。
このあたりには、当面の危険はなかったものの、状況は目に見えて危うくなってきていました。
ポンポニアヌスは船に荷物を積み込み、向かい風が止んだら直ちに出航するつもりでいました。
この風がじつに都合よく伯父の船を押し進めたのです。
無事上陸した伯父は、ポンポニアヌスを抱きしめて慰め、元気づけました。
(字数の関係でカット 2013年11月3日)
・・・・・・
2004/10/22
1298, 2000年前のポンペイ −2
図書館で何気なく歴史コーナーを見ていたら、「『ポンペイ』完全復活、2000年前の古代都市」
というグラビア集があった。一ケ月位前にTVで『ポンペイ』を特集していたのをDVDに録って、
その面白さに繰り返し見た後なので、思わす時間を忘れて、その場で見入ってしまった。
借りてきて見ているがTVよりさらに深い内容である。本は、映像では表現できない違う役割がある。
AC/79年8月24日、ヴェスヴィオス山の大爆発で火山灰で埋没したこの街は、その18世紀半ばからの
発掘によって、古代ローマを知る上で大発見になった。
それまで、古代ローマの遺跡といえば、ローマ市郊外の遺跡であったり、地中海沿岸の都市であった。
ローマ帝国は、このような街が数千もあって、それによって支えられていた。
しかし、それらはその後の追加工事などで、当時の原型を殆ど留めていないものばかり。
これだけ、完璧に残って発見されたのは歴史上初めてである。街そのものを、石膏(火砕流)を流し込んで、
そのまま保存したようなものである。
ーそのグラビア内容とは
・街全体の航空写真と、それを元につくられた街の復元の絵
・それで解ったポンペイの都市計画図 そして街の構成と築造技術
・給水システムと下水システム
・共同墓地と体育場と円形闘技場、そしてスタビア浴場
・娼婦の館の写真と、そのレイアウト。 そして、そこに描かれていた男女交合の絵
・完全に残っているパン屋と、内部の工場と、パン原型 そして、それをもとに作られたパン屋の想像図
・複合劇場施設の航空写真と、その図面と、想像図
・音楽堂と、そこに描かれていた壁画と、残されていたタンバリンと、ブロンズ製のパンパイプ
・街の心臓部になっていた、市民広場 そこでは、街の住人や、郊外の豊かな農民、商人、遊び人など様々な
人たちが集っていた。そこでは選挙もおこなわれていた。
・公衆トイレもあり、入ると控えの間があり、外からは見えないようになっていた。そこを入ると便座があり、
排水溝があって常に水が勢いよく流れていた。
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11月03日(日)
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