ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3704,自己を見つめる −22
おはよ?!(*^ワ^*)i
一昨日、TVのニュースでブラジルの麻薬組織が一斉に蜂起して、警察と刑務所を襲っている映像であった。
刑務所の待遇が悪くて囚人が暴動が起こしたというのでなく、麻薬組織が真正面から国家権力に武器を持って
攻撃しているというから、驚きである。ブラジルの民度の低さが、そのまま出てしまった事件である。
国家権力に麻薬組織が挑めば、完璧なまでに破壊されるはずだが、ことブラジルのこと、どう収まるだろうか?
(字数の関係でカット2,008年05月17日)
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2005年05月17日(火)
1505, ドッグ・ファイトー2
一昨日の朝、散歩をしていると川原でカラスがシギ?を追い掛け回していた。ところが他の二羽のカラスが
そのカラスを攻撃を始めた。何か仲間を諌めているようで、微笑ましい世界を垣間見たようだった。
これを見て、以前にドック・ファイトについて書いたことを思い出した。異種の動物同士のテリトリー争いを
「ドック・ファイト」というが、現在は「戦闘機同士による空中戦」を意味する。
電線にとまっている一羽のカラスの周りに鳩が10羽ほど囲んで威圧をしている姿や、セキレイが鳩が数十羽もと
まっている中に入って、一羽ごと追い掛け回している姿や、雀と燕が、巣の奪い合いをしている姿や、鳶をカラスを
攻撃している姿など、異種の鳥同士の争いを目にすることがある。 去年、オーストリアに行った時も、
鳩とカラスの集団が空中戦をしていた。 「いずこも同じ」と、見とれてしまった。
この文章を書いていて、「ドッグ・ファイトについて」殆ど誰も書いてないことに気がついた。
いくらでもネタがあるのだ。あまりドッグ・ファイトを見かけないのだろう。
4年前の今日、やはりドッグ・ファイトについて書いていた。 ー後日談だが、燕の巣は雀が勝って棲んでいたが、
燕が来なかったためか、その後きれいに取り除かれしまった。
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2001年05月17日(木) ドッグファイトー1
3月末いつもの土手を散歩をしていると、顔見知りの人が{ツバメが今日来たようですよ}と声をかけてきた。
バイパスの下のトンネルの蛍光灯の上に7?8個ツバメの巣がある。十数年来この時期になるとやってくる。
そして春の到来を実感する。なるほど十羽ほどが飛びまわっていた。なにか異様な雰囲気によく見ると、
ツバメと雀が入り乱れて飛んでいる。数羽の雀がツバメを追いまわしているのだ。もちろんその速さが違う、
またそれが可笑しいのだ。巣のほうを見るとツバメが巣の中の雀と戦っている最中。
(字数の関係でカット 11年05月17日)
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2004年05月17日(月)
1140, 自由について-1
学生時代より『自由とは何』を考えてきた。そして自分の自由を優先して生きてきた?
しかし、よく考えてみたら、自由は自分のやりたいことをみつけ、それを追及することであった。
自らの自己実現に対して忠実に生きることであった。 字のとおり「自らに由り、生きること」である。
そして自由な生き方ー周囲の因縁や世間といわれている束縛から解放されている状態を理想としてきた。
調べてみると、自由には多くの意味やとらえ方があるようだ。手の自由といっても、しょせんは人間の体の一部としての
腕の範囲内の自由でしかない。しかし使い方は自由である。自由には当然、自由なだけの自己責任がともなってくる。
アイザリア・バーリンは自由を「消極的自由」と「積極的自由」の2つに分類した。
ー「消極的自由」とは「他者からの強制・干渉を受けずに自分のしたいことができるという意味での自由」であり、
ー「積極的自由は自己が自己を支配している状態」ととらえられる。
例えばカントは、恣意に従うのではなく「理性」に従う状態が自由であると主張している。
また、ハンナ・アレントは政治活動を通じての自己実現こそを自由の本質と看做している。
これは「より高次の自己」を獲得するための手段・条件としてとらえられることになる。
このような積極的自由は「個人主義的積極的自由」ととらえられる。
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05月17日(火)
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