ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3456, 渥美俊一氏死去 −2
 1257, オーストリア旅行記ー4
ーパプスブルク家の人たちのことを書いてみる。
パプルブルク家は、オーストリアを統治した640年の間、多くの人たちで
時代時代を彩った。日本の徳川幕府の二倍の間、よく続いたものだ。
主な名前をあげてみると
・パプスブルク家の基礎を固めた「ルドルフ1世」−13世紀
・プラハの王城で閉塞して芸術を愛でた「ルドルフ2世」−16世紀半ば
・近代オーストリアの基礎を作った辣腕女帝の「マリア・テレジア」−18世半ば
・実質最後の皇帝「フランツ・ヨーゼフ1世」
・ヨーゼフ皇帝の皇后で、悲劇と美貌の伝説をうんだ「エリザベート」 などをあげる事ができるが、
 マリー・アントワネットの母のマリア・テレジアと、エリザベートをあげてみる。
ーまずは、エリザべート。
19世紀の欧州で最も美しいと称えられ、「シシィ」の愛称でも知られた。
彼女のことをロシアの提督は「すべての士官は老いも若きも皆、エリザベートに恋をしてしまった。
比類なき美しさと、近寄りがたい品格を持ち、いかなる時も皇妃としての威厳を備えている」と述べたという。
彼女はたとえ礼儀作法を習わなくとも、品格を生まれつきもっていた。
エリーザ・ベトは子供の頃から、芸術に関心を持ち、絵画や語学、作詞などに才能をしめした。
しかし誰もが羨むような皇妃として生活は、幸せではなかった。愛する子供達は、生まれると同時に姑である
大公妃ゾフィに取りあがられ、一日に一時間、監視付にしか会わせてもらえなかった。
そして、その姑の溝はますます大きくなり、自分の中に閉じこもるようになり、乗馬や作詞などにのめり込んでいった。
その中で、彼女がとりわけ愛したのは旅であった。彼女は自分の美をも深く愛し時には栄養失調になるほど食事制限をした。
そのような生活の中に、突然不幸がおこった。息子の皇太子のルドルフが若き男爵令嬢と心中事件をおこして、
自らの命を絶ってしまった。この時から、彼女は公式の時だけでなく、常に喪服を着るようになる。
そして、あてども無い旅がより頻繁になる。しかし62歳になった年に、彼女はあっさり暗殺されて劇的な生涯が閉じられてしまう。
王宮には二人のヨーゼフ1世とエリザベートの肖像画が大サロンに飾られてあった。そこは永遠な二人の魂が漂っているようであった。
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2003年09月11日(木)
 890, バックナンバー 4
 最近の傾向として、読書日記と映画日記が多く占めるようになっている。
ネタがなくなると、図書館や本屋で「何か読書日記として書くに適当な本」を探している自分に気が付くことが度々。
 一瞬で消え去る考えや気持ちを( ..)φメモにする習慣を身に付けた効果も大きい。
旅行先で撮る写真に似ている。またバックナンバーのテーマを見ているだけで、内容の80?を思い出す。
  ー字数制限のためカット09年09月11日ー
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2002年09月11日(水)
 516,デフレと流通大乱
夏季の土日・祭日の午後の散歩はダイエーに行く。店内を3〜40分歩いて帰ってくると、1時間の散歩コースに丁度よい。
クーラーもきいているし面白いし。それにしてもお客が少ない。商品はそんなに悪くはない。
ただこれはという商品はヨーカ堂と比べると少ない。ニーズ商品は悪くはないが、ホット商品が少ない。
でも安いし、面白い事は確かだ。家内もダイエーとヨーカ堂と専門店の特売を使い分けている。
それにしても消費物価が信じられないくらい安いのに驚く。300円、500円クラスで面白いぐらい良い商品がある。
これでは洗濯屋が悪くなるはずである、洗濯代の方が高くつくのだ。 誰もわかっていることだ。
「バーミアン」というスカイラークが展開を始めた中華料理屋も、ここに来てやっと本物になり始めてきた。
イタリヤ料理の「サエゼリア」の価値に近づいている。 とにかく安い、味はまあまあだが価値は充分感じる。 
チェーン店評論家?として、この2つと、マクドナルド、家具のニトリ、ユニクロ、無印良品、100円ショップ、
しまむら、吉野屋、居酒屋の一部に、日本にも本物が出始めてきた。デフレに強い業態で、

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09月11日(土)
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