ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3319, 理性の「理」は、理由の「理」
よくぞまあ、35年前にこんな難しい?ことを書いたものだ。 難しいことというより自分の頭の中の言葉を引っ張り出して
曝しているのが有効である。深くは考えないで、その時に気ままに日記に書いたものだが言葉の重要性に気づいたのだろう。
この一年で情報と言葉の「切断」の重要性にも気づいた。カレーライスをつくるのにそれぞれ素材を目的に合わせて切断する。
情報や言葉も同じであることに。この一年ほど、自分の一生にとって有意義な年はなかった。
一見、無駄に見えたが基礎の再構築だったようだ。常に社会と一線を引くスタンスが、この一年で身に付いた。
姉夫婦が、小さな城下町の価値観の世界を全世界と信じて疑ってない姿を身近で観察できたこともある。
内海にいる魚は海そのものがどういうものか知ることがない。陸に上がって海そのものを見ることができない。
まして、自分が内海にいることも知らない。 人間全てにいえることだが。
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2004年04月27日(火)
1120, 「ライフ・レッスン」ー7
ー時間のレッスンー
・時間のなかで、すべてのものは変化する。内面も変わり、外面も変わる。
外観も、内的自己も変化している。人生はたえず変化をつづけているが、ふつう、変化を好まない。
それに抵抗しようとする。そうこうしているうちに、周囲の世界のほうが変わってしまう。
変化の速度は、かならずしもわたしたちの内的速度と一致しているわけではない。
たいがいは早すぎるか遅すぎるか、である。変化とは慣れ親しんだ状況に別れをつげて、不慣れな状況に直面すること。
あたらしい状況そのものでなく、そこにいたる間の時間に不安を感じることもある。
「一つのドアが閉まっても、別のドアが必ず開いている。・・でも、それぞれドアにつうじる廊下にいるときが、いちばんつらい」
変化はたいがい、ドアがバタンと閉まってしまった場合始まる。先が見えなくなり、人は不安な時間を過ごす。
この時期はつらいものだ。もうだめだと思った時、何か新しいことが始まり、ドアが開く。変化に抵抗しようという人間は、
自分の人生そのものに抵抗していることになる。必要なことは変化に乗じること、少なくとも変化を受け入れることである。
(以下、字数の関係で中略2009年4月27日)
ー感想ー
「時間がすべてを解決をする」ということを長く生きてきた人は誰でも実感することである。だいたい深い傷でも3年が目安。
ただし、深いところで自分で手当てをしておかなくては後々まで引きずるが。振り返ってみる時、時間と供に自分も
変わっていくので、客観的にその変化をみることができる。時間が経つと同時に、何が大事で何が大事でないかもみえてくる。
冷静に屋上の上から見ている自分が「魂」である。その時々に思い悩み、笑い楽しんでいる感情が「心」といってよい。
時間と供に魂の目を、その時間に伴って上方に上げてくれる。ただ今日、今という時間に意識を集中しなくては
魂は上方には上れない。一期一会とは、すべてにいえることである。
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2003年04月27日(日)
753, 孤独について考えてみた
自分の強みは何だろうと考えてみた。「孤独に強い事」である。あまり人といなくとも平気である。
若い時の都会の生活や勤めの時代に鍛えられたことと、8人兄姉の末っ子だったこともある。
一人でいつも遊んでいたという。創業を独りで何回か経験をしてきたのが、さらに孤独の訓練になった。
孤独をポジティヴに前向きにしなくては、無から有は創れない。青年期はそれほど強くはなかった。実際は空元気であった。
「孤独を恐れるのは、ひとりそのものではなくて、孤独であることを責める自分の中の内在化された他者の声である。
それが多くの人の心を責めさいなまし、安らかな心を破壊してしまう・・・」とある本に書いてあったが、
私の場合そのような内在化された他者の声は全くない。独り事業を何回か立ち上げてきた為に内在化する余地が
なかったのだろう。それと行蔵が整理?されていたこともある。幼児期に両親や姉兄に愛情をそそがれた事が大きい。
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04月27日(火)
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