ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3247, 時事放談
非常に幸運です」と言っていた。二回目に見た、パンプローナの牛追い祭りの最終日の闘牛が面白かった。
牛追いは、その夜の闘牛の牛を早朝街を追い上げる時に、男達がその前を走って勇気を競うことから始った。
またヘミングウエーの小説の舞台にもなって、世界的に知られるようになった。延々と続いたパンプローナの最終日、
興奮は最高潮に達してスペイン中がこの闘牛に注目する。二回目となると、初めと違って冷静に見ることができる。
闘牛は、闘牛士と人間の殺し合いである。生と死のギリギリのドラマが演じられる。興奮した牛の登場から、熱狂的な
闘いの後、死体になって数頭の牛に引きずられながら葬送のラッパと供に消えていくまでの全てを見るからこそ良い。
アンフェアなのは、牛に何回か槍を刺して弱らせてから、闘牛士と闘うことだ。そのままで闘うと闘牛士が殺される
ケースが多いからだ。初めてみた時には、アンフェアと腹が立った。
が、二回目から「こんなものだろう」と楽しむことにした。一晩、2時間以上かけて、前座から横綱クラスまで、
三人の闘牛士と六頭の闘牛の闘いがある。闘牛士にもランクがあって、その実力は見ていても解る。
牛にも実力があり、闘牛用の牧場で人間に触れないようにして、野性味を残してある。
とにかく逆三角形で大きく格好がよいのだ。また闘っている姿は、勇者そのものである。
気の強い奴、弱いくて逃げ回る奴、性格のクセのある奴、それぞれ違っている。
闘牛士も同じだ。 気の弱い牛は途中でも退場させることがある。相撲は僅か数秒の勝負に気を入れた仕切りを長々し、
だんだん気合を入れていく。そして立ちあいの駆け引きの後に勝敗が決する。最後に負けた力士が、肩を落として帰る場面までの
フルコースで成り立つ。ダイジェストで勝負の一瞬を見ても何も面白くはない。闘牛も同じである。
地元の観客を見ていると、この殺戮をサンドイッチを食べながら家族連れで見ている。
最後に死んだ牛を、ラッパによる葬送と供にヒモを付けた虚勢した牛が引きづって
退場するのだ。そして、帰りに解体された牛肉が売店で売られている。
西欧文化と東洋文化は基本から全く違う。長岡近郊の山古志村の「闘牛」は、牛同士の押し合いでしかない。
中世にスペインが南米を占領したのも当然である。今の、イラクとか、アフガンも同じ構図である。
アルカイダの立場も解らないではない。今の日本は、この闘牛の牛でしかないのだろう?少し飛躍をしたが。
とにかくスペインは、情熱と死と愛が、入り混じった文化が露出している。芸術、建物、踊り、そして、闘牛。
以前書いた、「スペインについて」をコピーをしておきます。
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2004年02月14日(土)
1046, ノンアルコールに切り替えて
ノンアルコールビールに切り替えて10日ほど経つ。アルコール度は0.5?ほどで普通のビールの10分の一程度だ。
500mmのビールを、350mmのノンアルコールしたのだから体調はよい。
紹興酒一合位を今でも飲んでいるので、一晩のアルコール量は半分になったことになる。
今のノンアルコールは一度ビールを造った後に、アルコールを抜く製法をとっているためか以前のような不味さはない。
面白いもので慣れてくると、こんなものかと気にならないし普通のビールを飲みたいとも思わなくなった。
(字数の関係でカット2010年02月14日)
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2003年02月14日(金)
681,「まれに見るバカ」ー 読書日記 ー1
「ぶざまな人生」が面白かったので、同じ著者のこの本をインターネットで取り寄せた。とにかくスッキリする!
「わが内なる馬鹿」というところか。わたしも辛辣だが、ここまでひどくはない!読んでいて私など可愛いものだと
思ってしまう本である。こんな本を書いてみたいものだが無理だ。下手な書評などより「まえがき」と「あとがき」を抜粋。
ー表紙裏ー
人の世に一定程度のバカがいるのは常識である。「浜の真砂はつきぬとも、世にバカの種はつきまじ」と。
しかし、そうは知りつつも、平成の世にわが日本につぎつぎとバカが異常発生している驚くべき事態をいったい
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02月14日(日)
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