ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396403hit]
■2507, 地頭が良い人
地元の観客を見ていると、この殺戮をサンドイッチを食べながら家族連れで見ている。
最後に死んだ牛を、ラッパによる葬送と供にヒモを付けた虚勢した牛が引きづって
退場するのだ。そして、帰りに解体された牛肉が売店で売られている。
西欧文化と東洋文化は基本から全く違う。長岡近郊の山古志村の「闘牛」は、
牛同士の押し合いでしかない。中世にスペインが南米を占領したのも当然である。
今の、イラクとか、アフガンも同じ構図である。
アルカイダの立場も解らないではない。
今の日本は、この闘牛の牛でしかないのだろう? 少し飛躍をしたが。
とにかくスペインは、情熱と死と愛が、入り混じった文化が露出している。
芸術、建物、踊り、そして、闘牛。
以前書いた、 「スペインについて」をコピーをしておきます。
・・・・・・・
2004年02月14日(土)
1046, ノンアルコールに切り替えて
ノンアルコールビールに切り替えて10日ほど経つ。
アルコール度は0.5lほどで、普通のビールの10分の一程度だ。
500mmのビールを、350mmのノンアルコールしたのだから体調はよい。
紹興酒一合位を今でも飲んでいるので、一晩のアルコール量は半分になったことになる。
今のノンアルコールは一度ビールを造った後に、アルコールを抜く製法をとっているためか
以前のような不味さはない。面白いもので慣れてくると、こんなものかと気にならないし
普通のビールを飲みたいとも思わなくなった。
その代わり週に一度外で飲むビールが、ことさら美味しい。
別に体調を壊したとか、糖尿病とかの対策でない。
知人が自宅での晩酌をノンアルコールに切り替えたと聞いて、
試してみただけだ。年齢からみて丁度よいタイミングということもある。
何時でも飲めるという気楽さと、駄目だったら元に戻せばよいという
余裕があったためか、スンナリとチェンジできた。
ノンアルコールに切り替えてから、2回外で飲んだ。ビールは殊更美味しかったが、
普段の外での酒量の半分?しか飲まなかった。これが思わない収穫であった。
家での酒量を半分にすると、外の酒量が反比例でなく正比例することが解った。
身体が受けつけなくなってくるのだろう。
40歳の記念に断酒をして、1年近くで挫折をした経験がある。
今から考えてみると、断酒でなく酒量を半分にする工夫をすべきであった。
それでも10年前から、自宅ではビールと紹興酒だけしか飲まないとか、
外での一人酒はしないとか、自分からは誘わないとかの工夫はしていたが。
日本ではアルコール依存症は7人に一人だという。
本屋の立ち読みだが、チェックリストをみて私はアルコール依存症ではない。
しかし酒癖が悪いことは間違いはない。
「私から酒をとったらクソ真面目な面白くない男が残るだけだ」
と勝手な理屈をつけているが、酒飲みの動機は大体こんなものだろう。
いずれにしても適量以上の酒は最大の害悪である。
適量以上の酒の味も、「たま」にはいいものだ。
注[たまー魂、霊、珠、田間]
・・・・・・・
2003年02月14日(金)
681,「まれに見るバカ」ー 読書日記 ー1
「ぶざまな人生」が面白かったので、同じ著者のこの本をインターネット
で取り寄せた。とにかくスッキリする!「わが内なる馬鹿」というところか。
わたしも辛辣だが、ここまでひどくはない!
読んでいて私など可愛いものだと思ってしまう本である。
こんな本を書いてみたいものだが、無理だ。
下手な書評などより「まえがき」と「あとがき」を抜粋した。
ー表紙裏ー
人の世に一定程度のバカがいるのは常識である。
「浜の真砂はつきぬとも、世にバカの種はつきまじ」と。しかし、そうは知りつつも、
平成の世にわが日本につぎつぎとバカが異常発生している驚くべき事態をいったい
どう考えればいいのか。性別も年齢も、収入も地位も関係がない。
さらには有名人・無名人も問わない。なぜ、こうした事態がこの国に出現したのか?
[5]続きを読む
02月14日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る